SNSの裏に潜む監視者の恐怖

現代不安

また一日が終わり、夜の帳が町を包み込もうとしていた。日常の喧騒から逃れ、私たちはこの時間をSNSという仮想空間の中に逃げ込む。現実と違って、こちらの空間は誰もが自由だ。けれども、その自由さの裏側には見えない危険が潜んでいる。

私がそれを知ったのは、友人の美咲から届いた一通のメッセージがきっかけだった。彼女は心配そうに「最近、誰かに監視されている気がするの」と言った。最初は軽く流していたが、彼女の表情があまりにも切迫していたので、私は詳細を尋ねることにした。

「SNSで知らないアカウントから連絡が来るの。最初は無視してたんだけど、おかしなことがいつも続くのよ」と、美咲は困惑した顔つきで続けて言う。彼女のスマートフォンを見せてもらうと、そこには、何度も無視した痕跡が残るメッセージが幾つも並んでいた。

そのアカウントの名前は「ウォッチャー」。プロフィールの画像もなく、フォロワーもいない。それにも関わらず、美咲のツイートにだけ執拗に「いいね」をつけ、コメントを残す。彼女が友人と遊びに行くと、その場所をピタリと当てたコメントが届く。まるで彼女の日常を隅々まで把握しているかのように。

「最初は偶然かと思った。でも、こんなに続くと怖くなってきた」と彼女は肩を震わせた。

それ以来、私も美咲のSNSの投稿に注意を払うようになった。しかし、美咲がどんなに些細なことを投稿しても、”ウォッチャー”からの反応は必ずやってくる。ある日、美咲の投稿が告げていたのは、「今日は一人でショッピングに行く」という、誰しもがよくする何気ない内容だった。だがその日の夜、彼女は震える声で私に電話をかけてきた。

「今日もあいつがいたの。店を出て振り返ったら、すごく似た格好の人がずっと後をつけてきてて、怖くなって走って逃げた。振り切ったと思ったけど、それでも……」

彼女が誰かに後を追われているという恐怖は、決して離れることがなかった。そして、それはある日、現実のものとなってしまった。私が再び彼女から連絡を受けたのは、夕方のことだった。それは彼女から最後のメッセージだった。

「これ以上耐えられない。助けて」と短い文面。

私はすぐに美咲の家へ向かったが、そこには異常は何もなかった。ただ彼女が行方不明になる前だけリアルタイムのライブ配信が続いていた。彼女のアカウントは”ウォッチャー”によってハッキングされていたようで、その配信には彼女の最後の姿が映されていた。

警察が彼女の行方を追うも、美咲は見つからなかった。ただ一つ、彼女の日常を記録し続けた”ウォッチャー”が存在していただけだった。そのアカウントは事件後も削除されることなく、生き続けている。

この出来事を境に、私たちの間には漠然とした恐怖が流れ始めた。SNSに残す一言が、誰かに監視される実験となり得る。そんなことは頭では理解できても、やはり気軽な投稿が立ち止まることはできない。私自身、今もどこかで、誰かに見られている感覚が拭えない。私の日常を鮮明に記録する無数の目。それが現代の不安なのかもしれない。

それでも私たちは、SNSの仮想空間で誰かと繋がり続ける。それは孤独と恐怖に立ち向かう、私たちなりの抵抗なのだろう。だが、いつかまた、その背後に潜む「ウォッチャー」と目が合う日が来るかもしれない、そんな不安が静かに私たちの暮らしに影を落としている。

タイトルとURLをコピーしました