恐怖に囚われたSNS経験

現代不安

彼女がその男子から最初にDMを受け取ったのは、春の訪れを感じさせる爽やかな4月の午後だった。スマートフォンの画面には「こんにちは」という短いメッセージが表示されていた。その一言に特段の違和感を覚えることもなく、彼女は軽く挨拶を返した。相手は大学の同期で、大学祭の実行委員会で一緒だったことがある男子だった。彼の名前を聞けば顔も思い浮かぶし、あらかじめ自己紹介されなくても多少の共通の話題を持っている、決して見知らぬ他人ではない存在だった。

それからというもの、彼からのメッセージは頻繁に届くようになった。日常の何気ない出来事、それに対する感想、時にはちょっとした愚痴に至るまで、彼の語りは止まらなかった。彼女も忙しいときは適当に流しつつ、時には共感の意を示すこともあった。だが、彼のメッセージが次第に彼女の日常に溶け込み、彼女の心の中に僅かな影を落とし始めるのに時間はかからなかった。

やがて、彼が彼女に対してやや個人的な質問を投げかけるようになったとき、彼女は微かに警戒心を抱いた。「今日はどこに行ったの?」、「今何をしているの?」、「誰と一緒にいるの?」、そういった質問が増え始め、彼女はそれを適度にかわしつつ無視することができなかった。知らず知らずのうちに、彼女は彼からのメッセージが届くたびに心拍数が上がるようになっていた。

ある晩、いつものようにベッドに横たわり、眠りにつこうとしていた彼女のスマートフォンが振動した。暗い部屋の中で彼の名前が表示されると、逃れられない不安感に胸が締め付けられるようだった。今回はなぜか、彼女が夕方に訪れたカフェのことがメッセージにしたためられていた。「君がそこで座っていたテーブル、いつも良い選択をするね。」彼の言葉は、いつも以上に彼女の心に何か不吉なものを投げかけた。

不安は次第に彼女の生活を侵食し、日常の光景が異質なものに感じられるようになってきた。家を出るたび、誰かに見られているような気がし、背後からの視線が消えない。その原因を知っているのは自分だけだったが、一体なぜ、どのように彼が彼女の行動を把握しているのか、答えの出ない疑問に怯える毎日だった。

日曜日の午前中、彼女は意を決し、友人に相談を持ちかけた。友人は真剣に耳を傾け、同意を求めながらも忠告の言葉を口にした。「とにかく、距離を置いたほうがいいよ。SNSの情報は削除するか、少なくとも見直して、プライバシーを守る設定に切り替えた方がいい。」

それに加えて、何かあった場合の対策を練り、間違った行動をしないよう、万全の準備を整えることを求められた。彼女は自分の行動記録をすべて見直し、彼との接点を可能な限り断ち切ることを心に決めた。彼女は勇気を振り絞り、彼に対してこれ以上のやり取りを続けるつもりがないことを明確に伝えるメッセージを送り、その後、彼をすべてのSNSからブロックした。

それからというもの、彼女の日常は少しずつ平穏を取り戻しつつあった。心の重荷が去ったことで、かつて杜撰に過ごしていた日々の一コマ一コマが、より色鮮やかに感じられるようになった。しかし、そこには小さな不安もひたひたと波を打っていた。彼がまだ自分のことを見ているのではないか、という不安がぬぐいきれず、意味もなく周囲を確かめる癖がついてしまっていた。

ある日、彼女が教室で講義を受けていたとき、講師の図体越しにちらつく何かが視界をかすめた。講義に集中することすらできなくなってしまった彼女は、教室を出てすぐに友人に連絡した。友人は即座に彼女を迎えに来て、その目に一つも落ち着かない憂慮を映していた。二人でカフェに座り、彼女の不安を打ち明けたとき、友人は慎重に彼女の話を聞いていた。

「もしかしたら、それは単なる気のせいかもしれないよ。でも、それが明らかなら、警察に相談することも考えたほうがいい。」

友人の言葉に初めて、彼女は現実的な恐怖を感じた。警察に相談する。そんなシナリオが現実のものになるなんて、一度も想像したことがなかった。それはまるで、見えない糸が彼女の人生を覆うような感覚だった。

その夜、彼女は帰宅後、玄関の鍵がしっかりかかっていることを何度も確かめた。心は不安に包まれているものの、意識を無理やり別の方向に向けるため、彼女は書棚から一冊の小説を手に取った。小説の中の物語に没頭しようとしたが、それでも彼女の内心は未だ平静を取り戻せていなかった。ページをめくるたびに込み上げるリアルな恐怖は、小説の恐怖とは違い、現実感に満ちたものであった。

目覚めた翌朝、いつものようにスクリーンを確認すると、一通のメッセージが目に飛び込んできた。「すごく良い匂いだったよ。」送り主は不明で、彼女の知る限り今回の相手は匿名のアカウントからだった。数瞬の空白が彼女の中に広がると同時に、彼女の手は震え始めた。ついに、彼女の心に深く植え付けられた恐れは確信に変わった。彼はやっぱり近くにいる。彼女の全てを知っている。

その日から、彼女は家を出るのが怖くなった。どこかで彼に見られているかもしれないという恐怖は拭えず、彼を視覚的に確認できていない状態でも、どこかで見られていると感じてしまう。結局、彼女は全てのSNSのアカウントを削除し、できる限りの方法で身を守ることしかできなかった。

時間が経つにつれて、彼女の生活は再び静寂を取り戻し、やがて恐怖も薄らいでいった。だがその一方で、その恐怖は彼女の心の底に深く刻み込まれ、新たな誰かを信じることができなくなってしまった。SNSやインターネット上で再び自分を公開することは、無防備であるという恐怖を常に思い出させる。

彼女は新しい街に引っ越し、新しい生活を始めたけれども、その陰に潜む不安は永久に尽きることがない。終わりのない恐怖は言葉にならず、日常の風景に隠れて、彼女の心の中で小さく震える。現代社会の明かりの下に、彼女のような人々が同じ恐怖に打ち勝ちながら生きていることを、誰が想像できるだろうか——それを考えることすら、恐ろしい。

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