田舎の蔵とシシガミの伝承

妖怪

私はある、地方の田舎に住んでいる。名前を出すことは避けるが、日本の中でも特に古くからの伝承が色濃く残る地域だ。世代を超えて同じ家に住み続けるのが当たり前という土地柄であり、そんな実家での体験談を聞いてもらいたい。

私の家はその村では珍しい古い民家だった。築150年は経っているらしいが、代々の手入れが行き届いており、建物としてはまだまだ健在だった。しかしながら、古びた蔵のある庭には独特の雰囲気が漂っていた。というのも、その蔵には「何か」がいると、聞かされていたからだ。

物心ついた頃から、祖母は私に蔵に入ることを禁じた。何がいるのかと尋ねると、「かみさまがいるんだよ」と言葉を濁す。子供心に「神様」とは妖怪の一種だと解釈した私は、それ以来、蔵に対して強い恐れを抱くようになった。

しかしある夏の日、私はその蔵に足を踏み入れることになった。村祭りの準備が進む中、父と母は忙しそうにしており、蔵の中に用具を取りに行ってほしいと頼まれたのだ。祖母の教えを信じていた私はそれを拒みたかったが、子供ながらに手伝えることは手伝おうという気持ちもあったため、渋々と蔵の扉を開けた。

古びた木の扉は重く、きしむ音を立てて開いた。内部は薄暗く、埃っぽい空気が充満していた。しかし、なぜか鼻をつくような独特の匂いが残っている。それは、動物の皮や骨が置かれているような異様な匂いだった。

奥に進むと、一番目を引いたのは古びた祭壇の存在だ。おそらく村の祭りで使用されるものだろうと思ったが、何より気になったのは、その周囲に置かれた無数の小さな木の人形だ。

人形たちは、どれも不気味なほどに精巧で、子供の身長くらいの大きさだった。顔は無表情だが、目だけが異常に陰湿で、どことなく見られているような感覚に襲われた。

すると、背後から突然、耳元に囁くような声が聞こえた。「やっときたのか…」という、その声。誰もいないと思っていたので驚き、一瞬で背筋が凍った。振り向くが、そこには誰もいない。恐怖に耐えきれず、その場から逃げ出し、扉を閉めて外に出る。

しかし、その晩から奇妙な出来事が続いた。寝ていると、蔵から太鼓の音が聞こえてくるのだ。祭りの準備の音かと思ったが、音は私の夢の中にも侵入し、目が覚めれば音は消える。

翌日、うとうととしながら学校へ行くと、友人たちは私に、「お前の家、お祭りでもやってるのか?」と尋ねた。彼らも夜中に太鼓の音を聞いたらしいのだ。私以外に聞こえるとは思っていなかったため、一層背筋が寒くなった。でも、真相を突き止めずにはいられなかった。

放課後、再び蔵の前に立った。今度は正面から入る決心をし、祭壇に向かって話しかけた。「あなたは、誰ですか?」すると、耳元で再びあの声がした。「我ガ名ハ、シシガミナリ」と、低く響く声。

「シシガミ?」と問い返すと、いきなり蔵全体が揺れ出し、無数の木の人形が一斉にこちらに視線を送るかのように感じられた。恐ろしくなった私は、何も言わずに蔵から飛び出し、祖母のもとへ駆け込んだ。

祖母は事の顛末を聞くと、驚く様子もなく静かに頷いた。「やっぱり来たか」と、どこか納得したような表情。どうやら、この村では代々、シシガミという何らかの存在が崇められており、私が初めて接触したらしい。

祖母は「次の祭りでちゃんと挨拶しなさい」と言った。どうやら、それが村の伝統であり、私がその役を引き継ぐべき時が来たということらしい。納得はできないが、拒んだところで何か悪いことが起こるかもしれないと思ったので、次の祭りでその役を受け入れることにした。

祭りの日、私は再び蔵に向かい、祭壇の前で一礼し、「どうぞよろしくお願いします」とだけ告げた。その瞬間、先日まで感じていた不気味な気配が嘘のように消え失せ、太鼓の音も止んだ。

それから数年経った今も、私はあの蔵には近寄らない。しかし、村の祭りの時期になると、必ず蔵に足を運び、祭壇の前で挨拶をするようにしている。そうすれば、何事もなく過ごせるからだ。

あの時感じた恐怖と不安は今も色濃く残っているが、あれがこの村を守っている存在なのかもしれない、と考えるようになった。信じるかどうかは人それぞれだが、この土地が、そしてその蔵が持つ不思議な力を、私は少しだけ信じている。

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