むかしむかし、ネットの深淵に潜む掲示板あり、名もなき者たちのつぶやき集まりけるところなり。ある宵(よい)、ある書き込み、しやすらぎとは程遠きものぞ。
「われ、夜な夜な見るは、この文字の列(つらなり)に惑わし込まるるものなり。そも、いざ今、この文脈の裏に潜める声を聞け。『彼』(それ)は語り、その声は風のごとく耳に囁き、ふと音なき彼方より来たる。」
その書き込み、一見すれば、いたずらにてあらんと思えども、何ゆえぞ、人は引き寄せられぬ。しかして、文字なり。その形式古(いにしえ)の文章を模し、儚き意味深きを滲ませる。
暫(しばら)くて、問いかけなすは次のレス、悦びのことば、さはりの調(しらべ)、喜びと興味の解(と)き始め。されど、さらに続くるは禍(わざわい)の文。
「このたび、友の誘いに従い、夜中の森に赴きたまへり。そこにて、我はかの陰影の奥に立つ者と相見えぬ。闇の色、月の輝き、そこにて彼の唇よりは、一つも言葉を解き放つこと無し。ただし、ただし、彼の影は何事かを伝えたまへるなり。」
これ書き記す者、正体定かならず、されど言葉の力、引き寄せる力尽きること無し。読み手はそぞろにぞ怯ゆことを禁じ得ず。しからば、他の書き込み人、異に問うなり。
「そは何に由来せる言霊(ことだま)か、その声、はたして告げんとする悪しき兆(しるし)か。」
されど、この疑念に、応うるもの無く、ゆえに謎は深まるのみ。
「かのもの、己が影にむせぶる声、さりながら、その影、うごめきて、一瞬なりけり。我、目を見開けば、そこには誰も居らざりき。これ、夢か、幻なりや。」
読み手に散りあう言葉の魔、はたしてみな安きかな。もしくは暗む背後の者、指元の冷ゆる沙羅(さら)、それぞれに思うは不吉の兆。
からくれなゐの掲示板は、その時々にて悲鳴にも似たもの満ちる。何故や、言霊の文明から離脱しえぬと、心惑う者たちは残りけり。
之に対し、他者は書く、「この途(みち)を進む者よ、われ、この文を解してしまえり。呪(しゅ)はこの言文居に潜み、かの文字の幾重も連なるとき、その声、われら全てを貪り尽くす。」
かくして、書き込みはなお続けられ、文様を編み、人はその糸の中に囚われるを感じる。次なる非怪も待ちける、この場、終わり無く、夜の呪(のろ)い貫くのみ。
これを読めし者、われに附く影に、いざ惹かれたりしや?影を歩み、月夜の風、身にうけしままに、再び集いし文字をまた送りたらん。記すは人の末路、随(まにま)に影と手を取りて進むを知る、はや止めがたきなり。
さればこそ、夜明けは遠く、街燈の灯、揺れ動くを感じつつ、われは故なるものの影響に心ゆえあるべし、と語り継げり。
此処、掲示板を後にして、如何にせんと思慮の舞い、旋律のまにまにあるべし。 痩せた月の光、そは影揺らし、たがそれを解するもの無し。果てしなき言霊の呪い、読むは己れの業。 おりしも、次なる書き込み待ち続け給えど、いざ、影に飲まれぬよう、皆心して、静謐(せいひつ)にて安らえし。