これはある田舎町を巡る恐ろしい事件の記録である。1960年代、当時その町はごく普通の風景を呈していたが、特定の一家で起こった異常な出来事が住民たちを震撼させ、その名を広めた。事件は、二人の兄弟、アキヒトとミツオによって引き起こされた。彼らは母親と三人で静かに暮らしていた。しかし、ある夜を境に全てが狂い始めた。
初めに聞かれたのは「しゃべる影」の話だった。アキヒトが学校からの帰り道で、山の麓にある古い神社の横を通り過ぎようとしたとき、彼はある奇妙な体験をした。夕暮れ時の薄暗さの中、神社の影が不自然に動いているのを目撃したのだ。彼がその場をじっと見ていると、影が次第に伸び、まるで彼に向かって語りかけるように動き始めたという。アキヒトは、影の中にいる何かを感じながらも、はっきりとした形をつかむことができず、恐怖に襲われながらその場を走り去った。
アキヒトはその日のことを繰り返し考え続け、誰かに相談する勇気もなく、ただ黙っていることを選んだ。しかし幻覚のようなその体験が何度も頭をよぎり、彼の心に深い不安を植え付けた。日を追うごとに、影の夢が彼を縛り付け、次第に彼の現実感を奪っていく。アキヒトは徐々に学校でも孤立し、誰に対しても無口になった。
そんな彼の様子を心配したミツオは、ある日、兄を問い詰めた。アキヒトは最初躊躇していたが、やがて重い口を開き、影の体験を打ち明けた。ミツオは兄の話を聞くうちに、その考えが頭から離れなくなり、次第に彼も影の存在を信じるようになり始めた。
それからしばらくして、彼らは影の正体を突き止めるべく、二人だけで神社へ向かった。夜が更けてから出発し、月明かりの下、現実と夢の狭間を彷徨うかのようにして山を登った。古い神社は静けさに満ちていたが、彼らの目には生き生きとした異質なものに映った。
兄弟は神社を調べるうちに、そこに異様な思念が渦巻いていることを強く感じた。それは言葉を超えた理解の世界で、彼らがそれを認識した瞬間から逃れられない囚われの身となったのだ。影の囁きが実体を持ち始め、彼らに向けて様々な幻像を投影し始めた。
この不可解な体験により、兄弟の精神状態は著しく蝕まれていった。親しい人々とは疎遠になり、二人は現実と幻想の境界を見失い始めた。影の囁きはますます鮮明になり、彼らの理性を侵食し続けた。無意識の中で次第に神社の影に支配され、無数の影が彼らの中に生まれたのである。
最終的に兄弟は追い詰められ、状況は最悪の事態を迎えた。ある夜、彼らは母親に対して不可解な行動を取り始めた。影に指示されたという無意識の言葉は、現実との境界を超え、彼らを深い暗闇へと誘った。
事件の結末は悲惨だった。翌朝、隣家の住人が異様な物音に気付き、駆けつけたところ、すでに手遅れだった。家は荒らされ、兄弟は衰弱しきった姿で発見された。母親は衝撃的な最後を遂げ、彼らはただそこに座って影に話しかけ続けていた。
この事件は地元紙で取り上げられ、多くの人々を恐怖に陥れたが、その背後にある影の正体や謎は未だ解明されていない。専門家たちは様々な理論を持ち寄り、精神的な疾患や集団幻覚の可能性を議論したが、どれも決定的な説明には至らなかった。
残された者たちは、時折そのことを思い出しては、奇妙な恐怖に身を震わせることとなった。今もなお、あの神社の影は奇妙な鮮やかさを持ち続け、その場に立つ者に不可解な感覚を呼び覚まし続けている。どこまでが現実で、どこからが妄想なのか、誰も確信を持つことができない。影が語りかける声は、現実の深層に潜む狂気そのものだったのだ。