私はこの事件の現場検証に参加することになった民間の調査員だ。名前を鈴村とする。発端は、とある山村で発見された遺体。被害者は男性、年齢は30代後半と推定されているが、損壊が激しく、身元の特定が難航していた。遺体は首から上が切断され、両腕も消失していた。まるで儀式か何かのように、その体はまるで人形のように無造作に放置されていた。
現場に到着すると、冷たい夜風が肌を刺し、どこか不吉な予感が漂っていた。現場の警察官たちは皆、無言で作業を続けている。私は彼らの間を縫うように、事件の詳細を確認し始めた。
まず、事件現場は山村の外れにある廃屋の一室。朽ち果てた木造の家屋は、何年も人の手が入っていない様子で、とても簡単に人が出入りできるような場所には見えなかった。だが、なぜこのような場所で遺体が発見されたのか、その理由が全く見当たらない。
遺体の周囲には、血の跡や暴行の痕跡があったが、抵抗の痕跡は見当たらなかった。不自然なくらい無抵抗の状態で屠られたように思われた。そして何より奇妙だったのは、遺体の損壊の程度である。首と両腕が切断されているのにも関わらず、残された胴体に目立った刺傷や銃創はなかった。まるで監禁され、その後に意識のない状態で処刑されたかのようだった。
被害者の身元を特定するため、私は住民に聞き込みを始めた。村は人口50人にも満たない小さな集落で、住人たちは噂話を恐れ、口を閉ざしているように見えた。しかし、ある老人から有益な情報を得ることができた。
彼によれば、村では近年不可解な失踪事件が相次いでいる。しかし、失踪した者たちにはある共通の特徴があったという。それは、どれも村の伝統に背く者たちだったということだ。
「伝統」とは何なのか。私はその背景を探るため、まずは村の歴史を調べることにした。すると、驚くべきことにこの村では古来から「人身御供」が行われていたという記録が見つかった。それは、山の神に供えるための儀式であり、多くの場合、村の若者が供物として差し出されたという話だった。
また、村では近年、実業家や不動産業者たちが村を訪れ、山や土地を買い占めようとしていた層がいたという話も出てきた。だが、村人たちは外部の人間に対しては理解を示さず、その結果何人もの業者たちが行方不明になったという噂が流れていた。
この情報を得た時、私の頭にはある仮説が浮かんできた。もしかすると、伝統を守り続けようとする村の一部の狂信的な住民たちが今回の事件に関与しているのではないか。しかし、この仮説を立証する証拠は未だ存在せず、私はさらに調査を続けることにした。
ある夜、私は村の外れにある神社を訪れることにした。以前にも書庫で得た情報が頭に引っかかっていた。神社の奥には、村の「聖域」とされる禁足地があるという。そこに踏み入ることはタブーとされていたが、私は何か秘密が隠されているに違いないと直感したのだ。
夜半、月明かりに照らされた神社の裏手に進み、藪をかき分けると、小さな祭壇のようなものが見えてきた。そして、そこには新しい血の跡が残されていた。明らかに何者かがここで何かを行ったのだ。
しかし、その瞬間、背後から異様な気配を感じた。振り返ると、そこには奇妙な仮面を被った人影が立っていた。何者かと問い詰める暇もなく、意識を失い、気がつくと警察の保護下にいた。どうやら通報を受けた捜査員が私を発見したとのことであった。
そこで聞いたのは、現場付近で捕らえられた怪しい人物の証言だった。彼は村に代々続く神官の末裔だと言った。奇妙な仮面は、儀式に用いる伝統の象徴であり、彼らは「神の意思」に従い、山の神を怒らせないために犠牲を捧げ続けているのだという。その犠牲とは、当然のように人間であり、彼らは外部から来た不埒者たちを選ぶのだと。
だが、その話の全てが真実とは限らないとはいえ、説明が合いすぎて恐ろしかった。私はこの村の奥底に眠る狂気を目の当たりにし、これ以上調査を続けることが無意味だと悟った。
事件は未解決のまま幕を閉じ、神官の末裔と名乗る者も精神不安定を理由に釈放された。村は再び静かになり、私はただ、理屈を超えた恐怖が現実に存在するという事実を受け入れるしかなかった。事件の真相を知る者は誰もいないのか、それとも村全体がグルなのか。その答えは永遠に闇の中に消えた。そして、二度とあの村を訪れる者はなかった。