囁きに潜む恐怖と孤独の影

ネット怪談

ある晩、僕は日課となっている匿名掲示板を眺めていた。時計を見ると深夜2時を回っている。この時間帯になると、投稿される内容はいつも少しばかり奇妙になる。昼間の雑談が消え、だれとも知れない者たちが集まり、どこか現実離れした会話が交わされるのだ。

その夜、特に目を引いたのは「引きこもりの部屋」というスレッドの書き込みだった。タイトルこそそっけないが、スレッドの内容は尋常ではなかった。投稿者は「佐々木」と名乗っており、幽霊に取り憑かれているかのような自身の体験を綴っていた。

彼は長年引きこもっており、誰とも連絡を取らず、一人暮らしをしているという。しかし、ある夜、彼の何気ない日常が一変した。

「昨夜、初めて聞く声で『おい、そこにいるのか?』っていう囁きが耳元で響いたんだ。目を開けて周りを見渡したけど、もちろん誰もいるはずがない。けど、その声は確かに聞こえたんだ。」

書き込みを読み進めるうちに、僕はいつの間にか佐々木の語る奇妙な体験に引き込まれていた。彼は、何度もその囁き声を聞いたといい、そのたびに恐怖で眠れない夜を過ごしたという。

「外との交流を断ったのは自分の選択だけれど、それが間違いだったのかもしれない。あの声は、僕の孤独が生んだ幻なのだろうか。いや、明らかに誰かがこの部屋にいるような気がするんだ。」

彼の書き込みには、怯えながらも確信を持ちたがっている様子が見て取れる。ある日、彼はふとした思いつきでスマートフォンを手に取り、ベッドの下を撮影した。暗闇とゴミ、そして奥に映ったものに彼は凍りついた。画面には、彼を睨みつける血走った目が映し出されていたのだ。

「何度も目を擦って見直したけど、それはまぎれもなく、本物の目だった。そして次の瞬間、その目は消えていた。」

佐々木の冷静な語り口は、恐怖の中にあってもどこか客観的で、それがかえって真実味を強調していた。彼はその後もいくつかの不思議な現象を続けて報告した。窓が勝手に開いたり、誰かが部屋を横切る影を見たり。佐々木は恐怖を感じながらも、半ばその非日常的な体験に惹かれる自分に気づいていた。

「もしかしたら、これは僕が外の世界へと再び目を向けるための啓示なのかもしれない。」彼の書き込みは、どこか悟りを得たかのような響きがあった。

そのあたりでスレッドは更新されなくなった。最後の投稿から1週間が経過した頃、僕はふとした好奇心から「引きこもりの部屋」を再び訪れてみた。驚いたことに、そのスレッドは削除されていて、投稿者のアカウントも消えていた。

僕はなんとなく落ち着かない気持ちを抱えながら、佐々木の体験を思い返していた。そして、彼の体験がただの作り話なのか、本当に彼の身に起こったことなのか、真相を知るすべはないことに気づいた。

それから数日が過ぎた夜、僕の部屋でも奇妙なことが起こり始めた。まず、部屋の壁を何かが軽く叩くような音。気のせいだと思おうとしたが耳を澄ますと確かにその音が続いていた。やがて、冷たい風が窓から入り込み、電灯がちらつき始めた。

そして、深夜、部屋がしんとしているとき、低い囁き声が聞こえた。「おい、そこにいるのか?」僕は自分の体が凍りつくのを感じた。あのスレッドのことを思い出し、恐怖で心臓が爆発するかと思うほどだった。もちろん、周りには誰もいないことを知っている。でも、確かに声は耳元で聞こえたのだ。

僕はその夜、一睡もできなかった。翌朝、ベッドの下を確認したが、目に見える変わったところはなかった。しかし、感じる何かは確実に残っていた。これは佐々木が残した呪いのようなものなのだろうか。それとも、同じ何かが僕に目を向け始めたのだろうか。

それからも匿名掲示板を見続けているが、「引きこもりの部屋」のスレッドが再び立てられることはなかった。新しい異常も起きていないが、僕は今でも、あの囁き声がどこから来たのか、何だったのかを考え続けている。

そして、この話を誰に話しても信じてもらえないことを知っている。ただ、こうやって書き残すことで、いつか誰かが佐々木のような体験をしたときに、少しでも参考になればと思っているのだ。

それにしても、あの声の主は今、どこで誰に囁いているのだろうか。僕は再び更新されることのない「その声」に、静かに耳を澄ませる毎日を過ごしている。

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