悪夢と霊感の再会

心霊体験

私はその時、毎晩悪夢にうなされていた。無数の顔のない人々が私を取り囲み、ただじっと見つめている夢だ。彼らの視線は冷たく、どこまでも続く闇の中に私を引き込もうとする。目が覚めても、その夢の余韻が日常にじわじわと染み込んでくるような感覚に襲われていた。

そんなある日、仕事終わりに寄った小さなカフェで、久しぶりに旧友の一人と再会した。彼女の名前は美咲。昔から霊感が強く、私が数年前に経験した不思議な出来事を聞いても、微笑みながら「それはね…」と受け入れてくれた。美咲は私を見て、少し眉をひそめた。

「最近、何かあった?」

彼女の直感には恐れ入るばかりだった。私は少し黙ってから、毎晩見る夢のことを話した。すると美咲は静かに頷き、「その夢、あまり良いものじゃない気がする」と言った。彼女の表情の真面目さに、私は不安を募らせた。

「何か、見てもらえないかな?」と思い切って頼んでみた。すると美咲は快く承諾してくれ、その晩、彼女を自宅に招いた。

我が家は築十年のマンションの一室で、決して豪華ではないが住み心地は悪くない。しかし、彼女がドアをくぐると、そのまま足を止め、眉を寄せた。「ここ、少し重いね」と一言。何も見えない、何も聞こえない私にとって、その言葉の響きは重く、これから起こることへの予感に心を覆った。

美咲はさっそくリビングの中央に座り、目を閉じた。私は何も言えずにその様子を見守っていた。すると、彼女はそっと目を開け、「いるね、ここに」と呟く。私は体中に氷のような冷たさを感じた。

彼女は続けて、「どうやらあまり良い奴じゃないみたいね。ここにいる理由があるはず」と言った。原因を探るために、彼女はゆっくりと部屋中を歩き回り、私の寝室に立ち止まった。

「あぁ、ここね…」彼女は何かを感じ取ったようだ。

美咲はそこでさらに集中し、まるで別の世界と交信するかのように、何かを囁き始めた。その合間に、「この部屋、何か感じたことない?例えば、変な音とか」と聞いてきた。

私は少し思い返して、「そういえば、夜中に誰もいないはずなのに、微かに足音がすることがあった」と答えた。美咲はそれを聞いて僅かに頷き、「あぁ、それかもね」と言った。

彼女は手をかざし、いくつかの儀式の言葉を紡いだあと、「この部屋にはね、ずっと前に事故で亡くなった人がいるみたい。その人、何か心残りがあったみたいで…でも、あなたの生活にそんなに影響を及ぼしたくないみたい」と告げた。

彼女によれば、その霊はこの場所に執着しているが、私自身には直接的な害を与えたくないという。しかし、私が毎晩体験する悪夢は、その霊の悲しみが時折溢れ出してしまっている証なのだという。

恐る恐る私は、「その人は、何を求めているんだろう?」と訊ねた。美咲はしばらく考え込んでから、「多分、誰かに自分の存在を知って欲しかったんだと思う」と静かに答えた。

その夜、美咲は彼らが穏やかに眠れるようにと祈りを捧げ、部屋に何枚かのお守りを置いてくれた。私はまだその話が現実のものとして信じられなかったが、不思議と心が軽くなった気がした。

その後、悪夢にうなされることもなくなり、不気味な足音もしなくなった。部屋には不思議と平穏が戻ったように感じた。しかし、それはどこか切ない思いも伴っていた。かつて誰かがここにいて、何かを伝えたかった。その事実が、私にとっては恐怖よりも心に響くものだった。

美咲とはそれ以来も時々連絡を取り合うようになり、彼女の助言は私の日常において欠かせない存在となった。彼女と再び出会えたこと、そしてその不思議な出来事が私に残したもの。それらは、ただの怖い話ではなく、私にとって大切な何かを教えてくれたような気がする。

今でも時折、あの日のことを思い返す。私が感じたこと、見えたこと、聞こえたこと。どこまでが現実で、どこまでが幻想だったのか。それはもはや私にとって重要ではない。彼らが安らかに眠れるようになったのなら、それだけで良いのだと、私はそう思うようになった。

それでも時々、夜の静寂の中でふと感じる視線。その時私は思うのだ。もしかしたら、まだ私には気づいていない存在がいるのかもしれない、と。そして、それが私に何を伝えようとしているのか、心の片隅で恐るおそる耳を澄ましているのだ。

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