ぼくの名前はケンちゃん。今、小学校の三年生です。今日は、いつもとちがう話をしなきゃいけないんだ。それは、ぼくのお父さんのことなんだ。
お父さんは科学者で、いつも白いコートを着てるの。でも、普通の科学者のお仕事とはちょっとだけちがうんだって。お母さんはいつも「お父さんの仕事はとても大事なことなんだから、ケンも大きくなったらお父さんみたいになれるといいね」って言ってた。ぼくはお父さんのことが大好きだから、うんって答えてたんだ。
ある日、お父さんの研究所に遊びに行くことになった。いつもは子どもを連れて行ったらダメって言われるんだけど、その日は特別だったみたい。お父さんは「今日はケンに見せたいものがあるんだ」って言ってたから、ワクワクしてたの。
研究所に着くと、どこもかしこも白かった。床も壁も天井もぜんぶ白くて、ちょっと変な気持ちになった。お父さんの同僚さんたちがたくさんいて、みんな忙しそうに働いてた。でも、ぼくはお父さんについていけば大丈夫だって思った。
お父さんが「こっちだよ、ケン」って言って、ぼくを特別なお部屋に案内してくれた。その部屋には、たくさんのカプセルみたいなのが並んでたんだ。それに、なんか光っててキラキラしてたから、とてもかっこいいって思った。
お父さんが「これはね、新しいお薬を作るための実験なんだよ」って教えてくれた。でも、お薬って風邪のときに飲むやつだけじゃないの?と思ったけど、なんだかすごそうだから黙ってた。
その部屋の奥には大きなガラスの箱があって、その中には人が寝てた。びっくりしたけど、お父さんがその人に向かって「これが成功すれば、ぼくらはもっともっとすごいことができるんだ」って話しかけてたから、大丈夫だと思ったんだ。
でも、その人は変だった。線みたいなのが、たくさん体にくっついてて、それがカプセルとかお父さんの大きな機械につながってたの。お父さんにそれを聞いたら「これは新しい技術で、人間がもっと健康になれるようにするためなんだ」って言ってた。
それから少し経って、その人が動き始めた。でも、なんか変だったんだ。まわりの大人たちが「あれ、おかしいな」って言い出して、お父さんも困った顔してた。そして、その人は急に大きな声で叫んだ。
ぼくは怖くて、お父さんの服のすそを掴んでた。でも、お父さんは「大丈夫、大丈夫だからね」って言ってたから、ちょっと安心したんだ。でも、その人はどんどん変な形になっていって、腕が長くなったり、顔が変わったりしてきた。
みんなざわざわして、そこからは記憶があんまりないんだ。でも、ぼくはお父さんと一緒にその場を離れて、車に乗った気がする。お父さんはずっと黙って運転してたし、お母さんは「大丈夫だった?」って心配そうに聞いてきた。
それからしばらくして、お父さんはお仕事を変えた。本当は何があったのか、よく分からないけど、お父さんはもうあの研究所には行かなくなった。でも、たまに夜中に一人で小さなノートを見てるんだ。なんだか、その顔が悲しそうで、ぼくも一緒に悲しくなった。
お父さんは今、ちょっとだけ変わった気がする。前よりもやさしくはなったけど、たまに遠くを見るような目をしてる。でも、ぼくは知ってるよ。あの日、研究所で何かすごいことがあったんだろうって。でも怖くて誰にも言えないんだ。お母さんにもこのことは内緒なの。
こんな話をしていいのか分からないけど、お父さんが今でもすごい科学者なのは変わらないって、ぼくは思ってるんだ。でも、あの日のことは、これからもぼくの中でずっと残る気がするんだ。お父さんがやろうとしたことは、きっととても大切なことだったんだと思う。だけど、そのためには何かを失うこともあるんだって、こどもながらに感じてしまった。
ぼくはまだこどもだから、難しいことはよくわからない。でも、あの日のことを忘れないように心にしまっておこうって思う。お父さんがもうこんなことをしなくて済むように、ぼくも大きくなったら手伝ってあげられる人になりたいな。科学って、ほんとうに不思議だよね。