# 午前2時の足音と消えた女将の謎

幽霊

僕が経験した話をしようと思います。これは、信じてもらえなくても構わない。ただ、忘れられない出来事として、僕の頭の中にずっと残っているんだ。

数年前、僕はある地方の小さな町に転勤となった。職場は古びたビルの一角にあり、町そのものもどこか懐かしいような、昭和の香りを残した町だった。慌ただしい都会から離れられたことに最初は安堵していたんだけど、すぐにその安堵は消えてしまった。

僕が住んでいたアパートは築数十年の古いもので、家賃が安いことが唯一の利点だった。引っ越してしばらくすると、妙な現象が起こり始めたんだ。夜になると、廊下を誰かが歩く音がするんだ。それも、決まって午前2時ごろに始まる。最初は隣の住人の音かと思ってた。でも、ある夜、あまりにもはっきりと聞こえて、思わず部屋のドアを開けてみたんだ。廊下には誰もいない。でも、足音だけが、コツコツと遠ざかっていった。

その出来事の後、僕は寝不足の日々が続いた。夜中に目を覚ますと、ウォーキングの音が続く。耳を塞いで寝ようとしても、気になって眠れなかった。ある日、耐えかねて大家さんに相談したんだ。すると、大家さんは一瞬黙り込んだ後に言ったんだ。「ああ、そのことか。前の住人も同じようなことを言ってたなあ。」

どうやら、僕の前に住んでいた人たちも、みんな長く住むことなく退去していったらしい。誰も具体的には語らなかったけど、共通していたことは午前2時の足音を聞いたことがあるということだった。

興味を持った僕は、町の歴史を少し調べてみた。町の図書館で、アパートの建つ場所に昔、古い旅館があったことを知った。その旅館では、ある不幸な事件があったらしい。旅館の女将が、ある日突然姿を消したというのだ。一部では、旅館の不始末で大きな借金を背負い、首を吊ったとも噂されていた。でも、正式な記録には残っていない。

その夜も、午前2時になると足音が聞こえた。僕は決心して、再びドアを開けたんだ。音の正体を突き止めようと考えたんだ。廊下をそっと歩いていくと、音は階段の方に向かっていた。僕も階段を下りていくと、一階のゴミ置き場付近で音が消えた。それどころか、その一瞬、冷たい風が頬を撫でるように通り過ぎたんだ。

その瞬間、自分がとんでもない場所に足を踏み入れたことを理解した。帰宅後、すぐに押入れを整理し、引っ越す準備を始めた。大家さんには事前に伝えなかったが、僕は速やかにそのアパートを去ることに決めた。引っ越しの日、最後にアパートの鍵を返すために大家さんのところに寄った。その時、大家さんは僕にこう言った。「この町から去ることを選ぶとは、賢明だよ。」

後に聞いたことだが、僕が出た後も、あのアパートには新しい住人はなかなか見つからなかったらしい。足音の噂が町中に広まってしまったのだから当然だ。あの夜に聞いたのは、きっと旅館の女将の未練、その声だったに違いない。今もふとした時に、あの冷たい風と足音を思い出す。そして、何か得体の知れないものが確かに存在することを信じざるを得ない。

これは僕の体験した幽霊譚だが、どうか信じてくれなくてもいい。ただ、こうした話はいつでもどこでも起こりうることを、少し頭の片隅に置いておいてくれれば幸いだ。何よりも、実際に経験した者として言えるのは、どんな不思議な現象にも必ず何か理由があるということだろう。そして、旅館の女将の無念は、いまだに静かな町へこだまするのかもしれない。

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