僕の名前はタクヤっていうんだよ。でも、みんなからは「タク」って呼ばれてるんだ。僕のうちのおとなりに、ぼくがだ〜いすきな研究所があるんだよ。おっきな建物で、いつもなんだか変わった音がしてるの。でも、それがすっごく楽しいんだ。
ぼくのママが言うには、その研究所では「からだをみる」ことをしてるんだって。おとなたちはそのことを「医学」って呼ぶけど、ぼくにはちょっと難しい。でも、ある日ママが「おしごとのひとたちは人のからだをなおしてるんだよ」って教えてくれて、それがめちゃかっこいいなって思ったんだ。
ぼくには親友のユウくんがいるんだけど、ユウくんも研究所のことに興味しんしん。僕たちはよくフェンスの外からこっそり中をのぞいて、白衣をきたおとなたちをみてたんだ。その日もいつものようにユウくんと一緒に研究所に行ってみたんだ。でも、その日はいつもと違ったんだ。
研究所のドアが少しだけ開いててね、ぼくたちはついつい入っちゃったの。探検するみたいで、どきどきしたよ。でも、まっくらな廊下が続いてて、ちょっと怖くなった。それでも、おとなりの明るい研究室や、ピカピカ光る機械を見てるうちに、なんだか楽しくなってきたんだ。
そんなこんなしてると、ぼくたちは一つの大きなお部屋にたどりついたの。そこはすっごく冷たくて、ひんやりした空気が僕たちの肌にひっついてきたんだ。大きなガラスの箱がいくつも並んでて、その中に人が浮かんでるのが見えたの。最初は眠ってるみたいだったけど、なんだか様子が変だなって感じたんだ。
よくよくみると、その中の人たちは、どうやらただ眠ってるわけじゃないみたいだった。てやあしがふにゃふにゃ、体もゆらゆらしてて、まるでおもちゃみたい。ぼくはその光景を、ずっとね、じーっと見てたの。でも、そのときふと思ったんだ。なんでその人たちはあの中にいるのかなって。
ユウくんは、目をまるくして「ねえ、これって何?」って言った。それで、一緒にもっとよーく見てみようって近づいたんだけど、やっぱりとても不思議だった。すると、背後で何か音がして、ぼくたちはびっくりしてふりむいたんだ。
そこには、白衣を着た大人のおじさんが立ってた。目は鋭く光ってて、ぼくたちをじっと見てる。心臓がどきどきして、逃げようとしたんだけど、足ががくがく震えて動かせなかった。おじさんはぼくたちににっこり笑うと、「ここは特別な場所だから、他の人には内緒にしてね」って言ったんだ。
それから、おじさんはぼくたちにその場所のことを教えてくれたの。「ここではね、人のからだをもっと強くするために、おいしゃさんたちがいろいろ試してるんだよ」って。強く?ぼくたちはその意味がよくわからなかったけど、おじさんはそれをどんなに素晴らしいことかみたいに話すんだ。
でも、その次の言葉にぼくは寒気がしたんだ。「昨日までの君たちのお友だちも、今頃あの中でとても立派な実験をしてるんだよ」っておじさんは言った。昨日、学校から帰る途中でユウくんと会った友だちが、突然いなくなって噂になってたことを思い出した。
ぼくはその瞬間、ぼくの目の前にあるガラスの中で浮かんでる人たちが、もしかしたらぼくの知ってる人たちなんじゃないかってすごく怖くなった。おじさんはそのまま立ち去って、「できればまたおいで。いつでも歓迎だよ」って言うんだ。ぼくたちはその場にしばらく座りこんで、ただただ震えてた。
ユウくんとぼくは、その日から研究所のことを誰にも話さないと決めたんだ。なぜかというと、怖いから。おじさんの笑顔が、どうしても頭から離れなかった。あの中にいた人たちは、どんなきもちだったのかなって何度も考えた。でも、答えはわからなかった。
それからずっと、ぼくたちは研究所のことを避けるようになった。歩いててもそのフェンスの前を通ると、あの日のことを思い出してしまうから。ユウくんともその話をすることはなくなって、ただ黙って、その研究所から遠ざかるように歩いたんだ。
でもね、ときどき、夜になるとあのおじさんの声が聞こえる気がするんだ。「またおいで」って。それに応えたらどうなっちゃうんだろうって、ぼくは毎晩そのことばかり考えてしまう。何も知らなければよかったのかもしれないけど、知ってしまった今では、その「強くなる」ってことが何を意味するのか、どうしても忘れられないんだ。
ぼくはもう一度だけでも、あのガラスの箱を見てみたい、そう思うことがある。でも本当に見たいわけじゃない。あの人たちのことを、知りたいのかもしれないんだ。
そうして、毎晩うずくまったまま、僕はどうにかしてこの気持ちを振り払おうとする。でも、それが無理だってことも、なんとなくわかっているんだ。だから、いつかその勇気がわいてくるまで、ぼくはただじっとここにいるしかないんだと思う。