私があの妙な出来事に遭遇したのは、たまたま仕事から帰宅する途中のことでした。その日は雨が降っていて、足元が泥だらけになるのを気にしながら、いつものように駅から自宅までの道を歩いていました。道のりは約15分ほどで、途中には小さな公園があります。その公園を突っ切る方が近道なので、いつも通りその道を通ることにしたんです。
夜の公園は普段でも少し不気味な雰囲気を醸し出していますが、その日は雨のせいもあってか、人っ子一人いませんでした。街灯もほとんどなく、樹木が生い茂る中、わずかな明かりがどこか頼りなく照らしている状況でした。
その時、ふと奇妙な違和感を覚えたんです。いつもなら聞こえるはずの雨音が、何故か全く聞こえなくなった。ただの勘違いかもしれないと思って、そのまま歩き続けていました。しかし次第に、肌が冷えるような不安感が身体を包み始めていました。
公園の中心に差し掛かると、さらに変なことに気が付きました。私の足音が何もない空間に吸い込まれるように、まるで音が立たないのです。普段なら水たまりを踏み込むたびに生じるチャプチャプ音が、どうしても聞こえません。まるで、音そのものが公園から消えてしまったかのようでした。
その異常な静けさに恐怖心が募り、足を速めました。しかし加速したはずの私の体が、重く鈍い動きをしているように感じるのです。足元を見ると、まるでその場で足踏みをしているかのような感覚に陥りますが、確かに進んでいるのは体感で分かります。
そして突然のことでした。道の脇の茂みから、人の形をした影が現れたのです。しかしその影は、人がそこに立っているというより、何か黒い液体が人の形を模しているようにしか見えませんでした。私は恐怖のあまり立ち止まり、その影から目が離せなくなっていました。
すると影は、こちらを向いてスッと移動を始めました。不自然に滑るような動きで、公園の奥へと向かって消え入ったのです。心臓の鼓動が激しくなるのを抑えきれず、震える足を無理やり動かしてその場を離れました。
自宅に着くと、全身が泥だらけであることに気付きました。さっさと服を着替え、どうにか落ち着こうとしましたが、頭からは先ほどの影のことが離れません。何度も思い返してみても、あれが何だったのか、説明がつきませんでした。
数日後、友人にその話をしたところ、彼は私に「それ、多分夢だったんじゃない?」と笑いながら言いました。けれども、あの体験が夢で解決できるようなものではないことは、私自身が一番よく分かっていました。
念のため、あの公園について調査してみました。すると、過去にその公園で不審な事件が何度か起こっていたことがわかりました。具体的な内容は伏せられていましたが、それでもかすかな不安感が募るきっかけになったのは間違いありません。
実はその後も、何度か同様の現象に遭遇しています。やはり雨の夜、公園を通るときに奇妙な静けさや影の存在を感じるのです。しかし、その度に私は公園を避けることを選ぶようになったため、再びその影と直面することはありませんでした。私はそれ以来、雨の日でも遠回りをして、別の道を使うようにしています。
結局、あれが何だったのかは未だに解明できません。ただ一つ言えるのは、その日から私の中で何かが変わってしまったということ。何気ない日常の中に潜む微妙なズレが、恐ろしい何かの前兆なのかもしれないと、心のどこかでずっと警戒しています。それを意識するようになってから、私の生活の中にはほんの小さな違和感が時折顔を出すようになったのです。
公園を避けるようになったことで、それ以上の奇妙な体験をすることはなくなりましたが、ある種の恐怖心が完全に消えることはありません。あの影の正体が何であるのか、それが本当に人間の目に見えてはならない何かであったのか。それは、いつの日か解明されるのかもしれませんが、私はもう深入りするつもりはありません。
ただ、雨の日の夜、まだあの公園を通る誰かが、私と同じ体験をせずに済むよう願うばかりです。私はその静けさと影から逃れることができましたが、他の誰かがそうであるか保証はないのです。どうか、今度はあなたが、その公園を通ることがあるなら、何事もなく無事に通り抜けられることを祈っています。