私は都会での忙しい生活に疲れを感じていた。そんな時、友人のMから一週間の休暇を利用して山奥の小さな村でリフレッシュしないかと誘われた。Mはその村に住む遠い親戚を訪ねる計画があったらしく、私にはそこが「癒しの場」として最適だと言っていた。
私は特に深く考えず承諾し、彼と共にその村へ向かうことにした。村に着くまでの道中、車は山道をくねくねと進み、次第に電波も途絶えがちになった。ふもとからは想像もできないほど奥深い場所にその村はあった。村全体がなんとなく時代から取り残されたように感じたが、それが逆に私には魅力的に思えた。
Mの親戚である田口さんが私たちを温かく迎えてくれ、心地よい古民家での滞在が始まった。村は人口もわずかで、周囲は山と川に囲まれ、自然豊かだった。訪れた初日はただ散策して村の風景を楽しむことにした。
村を歩いていると、ところどころで目に止まる奇妙な石碑や朽ちかけた神社があった。石碑には古い文字が彫られており、直接読むことはできなかったが、何かの祭儀に関するものだということは理解できた。田口さんに聞くと、今でも年に一度、特定の時期に「祭り」が行われるのだと言う。
「その祭りでは村中の者が集まり、先祖を供養するんです。外部の者には少し奇妙に見えるかもしれないけれど、私たちにとっては大切な習慣です。」と田口さんは説明してくれた。
その夜、私たちは田口さんの家の囲炉裏を囲んで夕食を共にした。Mはこの村の伝説や過去の出来事について色々と質問していたが、田口さんは笑って「まあ、村の話には尾ひれが付き過ぎているからね。」と曖昧に話を流していた。
次の日の朝、私は早く目が覚めた。村人たちは朝早くから畑仕事をしているのが見えた。私は軽く朝食を取り、村を散策することにした。村の奥に進むと、何か不思議な光景を目にした。古い神社の前で何人かの村人たちが何かをしていたのだが、詳しく見ることができなかった。
その夜、Mは地元の若者たちと飲みに行くことになったが、私は一人で古民家に残ることにした。田口さんは村の集会に出かけていて、私は一人きりだった。静か過ぎる夜の山中、私は少し心細く感じ始めていた。
ふと、外から微かに太鼓の音が聞こえてきた。どうやら村のどこかで祭りの準備が始まっているようだった。私は興味をそそられ、音のする方へ歩いて行った。道中、古びた木の橋を渡ると、そこには薄暗がりの中で村の人々が集まり、不気味な儀式じみた祭りの準備を始めていた。
村人たちは、無心で何かを唱えながら、神棚に何かを供えていた。その様子を見て私は背筋が寒くなる思いがした。何かが、ただならぬ雰囲気を漂わせていたのだ。見られていることに気づかれる前に、私はその場を後にした。
次の日には、祭り本番があるということで村全体が不思議な熱気に包まれていた。Mにその話をすると、彼も少し不安を感じたのか、祭りには積極的に参加しない方がいいと言った。しかし、田口さんは「大丈夫、見ているだけで楽しんでくれればいい」と言っていた。
私はこれまでの出来事が少し気になりつつも、祭りへの好奇心を抑えきれず、その夜、Mと共に村の中心に向かった。祭りの場には火が焚かれ、太鼓の音と共に男女が踊りを披露していた。
しかし、何か普通の祭りとは異なる、どこかしら不気味な雰囲気を感じずにはいられなかった。村人たちの表情が次第に変わり、集団として一体化し始めたように見えた。彼らの動きと声が次第に大きく、速くなり、その空間全体が異様な緊張感に包まれたのを感じた。
その時、私は一人の老婆と目が合った。その老婆は私をじっと見つめ、その目には計り知れない深遠な何かが宿っていた。彼女が私に向かって何かを叫んだが、言葉が分からなかった。周囲の喧騒と相まって、私は怖くなり、その場を逃げ出した。
古民家に戻ると、田口さんが心配そうに待っていた。「あの祭りは、私たちの村が古くから大切にしてきた行事です。でも、外の人には理解できない部分も多いでしょう。」彼は私の顔を見てそう言った。
その後、私はMと共に村を後にしたが、心にはずっとあの夜の出来事が引っかかっていた。都会に戻ってからも、あの不気味な祭の光景、村人たちの狂気に満ちた目、そして老婆の言葉が何度も夢に出てきた。
結局、あの村で何が行われていたのか、私たちには分からないままだ。村独自の風習、人々の絆、そしてそこに宿る何かしらの力。それらすべてが、私にとっては未知の恐怖そのものだったのだ。