不気味な井戸と少年の夏の記憶

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子供の頃、僕は田舎に住んでいました。山や川に囲まれたその町は、ご近所同士の関係が非常に深く、家族ぐるみの付き合いが当たり前でした。幼少期の僕にとって、その狭い世界がすべてでした。

ある夏の日のことです。僕はいつものように友達と山奥の古い神社で遊んでいました。その神社は地元では「お稲荷さん」と呼ばれ、誰もが親しみを込めて参拝する場所でした。しかし、大人たちからは「夕方になる前には戻っておいで」とよく言われたものです。その日は夕日が山に沈みかけていましたが、どうしてもやりたい遊びがあり、僕たちは最後まで神社に留まっていました。

友達の一人、ケンタが、「もう帰ろう」と言い出したのですが、僕はまだ帰りたくなくて、もう少しだけとお願いしました。ケンタは渋々承知し、僕たちは最後の遊びを始めました。その時、ふと神社の奥から音が聞こえたのです。誰かがくすくすと笑っているような、そんな微かな声でした。

「誰かいる?」と僕が尋ねても、返信はありません。ケンタと僕は顔を見合わせ、不安に駆られながらも興味に抗えず、音のする方へと向かいました。神社の本殿の裏手に回ると、そこには古びた井戸がありました。その井戸は普段は使用されておらず、ふたが閉じられている状態でした。けれど、今はふたが外れていて、その中から涼しい風が吹き上げていました。

「何もいないじゃん」とケンタが言うと、まるで返事でもするかのように井戸の中からもう一度くすくす笑う声がしました。その瞬間、僕たちは恐怖に駆られ、その場を走って離れました。家に到着した時には、もうすっかり日が暮れていました。

その晩、僕は眠れずにいました。頭の中にはあの怪しい笑い声がぐるぐると回っていました。翌日、僕は母親に昨日あったことを話しました。しかし、母は「山の神様が遊んでいたんだろう」と笑うばかりで、心配する様子はありませんでした。

なんとなく納得がいかず、翌日も神社へ行ってみることにしました。しかし、神社に到着してみると、あの井戸はふたがしっかりと閉じられ、まるで昨日のことが夢だったかのように何の異変もありませんでした。ただ、妙に神社の静けさが気になりました。その静寂の中に何か不気味なものを感じつつ、僕はそのまま帰ることにしました。

それからしばらく、何も異常はありませんでした。僕は日常に戻り、学校に通い、友達と遊びました。けれど、一ヶ月ほど経った頃でしょうか、またあの神社へ行くことになったのです。それは友達のユウが「探検しよう」と言い出したからでした。あの井戸のことはなんとなく忘れていましたが、再び思い出すとふとした不安を感じました。

神社に着くと、またあの井戸が気になりました。恐る恐る近づいてみると、井戸のふたは閉じられたままでした。しかし、その周りには、まるで人が何かを書き残したような古い文字が散らばっていました。僕たちは驚き、気味悪さに震えました。

ユウがその文字を指でなぞるように読むと、突然、冷たい風が吹き抜け、僕たちの周りの木々がざわめき始めました。まるで不気味な合図のようでもあり、まるで何かが解き放たれたかのようでもありました。恐ろしくなった僕たちは何も考えず、その場を駆け出しました。

それからというもの、僕の日常には奇妙な出来事がちらほらと起きるようになりました。夜中に目を覚ますと部屋の隅に誰かの気配を感じたり、通学路でふっと後ろを振り返ると誰もいないのに誰かに見られているような気がしたりしました。

一番恐ろしく感じたのは、夢の中で何度もあの井戸の前に立っている自分を見た時です。夢の中の自分は井戸をじっと見つめていて、その井戸から伸びてくる手に引き込まれそうになっているところで目が覚めるのです。毎回、同じところで目を覚ますので、それが夢であることもわかっていましたが、あまりにも現実感があるため、どうしてもその恐さから逃れられませんでした。

それから僕は、あの神社には決して近づかないようになりました。しかし、夢の中ではしばしば呼び寄せられるのです。ある夜、夢の中で、これまでにないほど喉が渇き、不思議なことにどうしても井戸の水が飲みたくて仕方がありませんでした。夢だと分かってても、僕は足を進め、井戸のふたを開けてその中を見下ろしました。

そこで僕は目を覚ましました。体中が冷や汗でべっとりとしていました。部屋の中は静まり返っており、外は雨が降っているような音がしました。僕は妙な息苦しさを感じ、窓を開けて外の空気を吸い込みました。その時、ふと耳元であの笑い声が聞こえ、息が止まりました。

ふと我に返ると、それはただの風の音だったのかもしれませんが、あの時の恐怖は今でも忘れられません。大人になった今でも、僕はあの日の神社へは決して立ち寄らないと心に決めています。そして、あの井戸が今も変わらずそこにあることを思うと、何か得体の知れないものとつながっている気がしてならないのです。おそらく、あの井戸は永遠に僕を呼び続けているのでしょう。

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