深夜タクシーの怪談

都市伝説

それは、私の友人Aが体験したと聞いた話です。出どころが曖昧なので、本当かどうかはわかりませんが、彼が話す時の真剣な様子を見ると、嘘をついているようには見えませんでした。

Aは学生時代からの友人で、大学を卒業してからも連絡を取り合っていました。彼は地元を離れて働いていましたが、連休になるとよく帰ってきて、そのたびに会っていました。ある年の夏、彼はいつものように地元に帰ってきて、一緒に飲みに行った時、その話を初めて聞いたのです。

Aはとある地方都市で一人暮らしをしていました。その日は会社の同僚と飲み会があり、終電を逃したためタクシーで帰ることにしたそうです。タクシーに乗り込むと、運転手は無口で、Aが行き先を告げると何も言わずに発車しました。車内には淡々とした雰囲気が漂い、Aは少しだけ居心地の悪さを感じたそうです。

走り始めて10分ほど経った頃、運転手が突然話しかけてきました。「この辺りはお化けが出るって知ってる?」Aは曖昧に相槌を打ちましたが、本当はそんな話を聞いたことも無かったそうです。その話題を避けようとするかのように携帯を取り出し、SNSをチェックしていると、運転手は続けて話し始めました。「俺の友達がさ、この道通ったときに変なものを見たんだよ。真夜中、誰もいないはずの道端に女の人が立ってたって。」

Aは怖い話には興味が無い方だったので、適当に聞き流しながら、早く家に着くことを願いました。しかし、運転手はなおも話を続け、「その女は、お前が今座っているその席に乗ってきたらしい。何も言わずに、ただ隣に座って、じーっと前を見てたって。友達は死ぬほどビビって、すぐに近くの交番に駆け込んだんだ。」

Aはますます居心地が悪くなり、「そうなんですね」とだけ返しました。その夜はそれ以上の出来事は起こらず、無事に家に到着しました。家に着いてからも、その話は気味の悪さだけが残る程度で、特に気にせず眠りについたそうです。

数日後、仕事が忙しくなり、Aはその話をすっかり忘れていました。ところが、ある日またタクシーに乗る機会がありました。その日は飲み会の帰りではなく、普通に夜遅くまで残業をして会社からの帰宅中でした。タクシーはあの時と同じく静かに走り出し、運転手も特に話しかけてくることはありませんでした。

しかし、ある交差点を過ぎたところで、タクシーの外に人影が見えた気がしました。Aは一瞬ギクッとしましたが、暗闇の中だったし、飲み会などで夜遅く帰る人もいるだろうと、自分を安心させるように考え直しました。

その後も何度か夜遅くタクシーで帰る機会がありましたが、特に不思議な出来事は起こりませんでした。ですが、ある晩、仕事でかなり遅くなり、真夜中過ぎにタクシーで家に帰る時のことです。

いつも通り車に乗り込み、静かな車内でうとうとしていると、ふと何かの気配を感じて目が覚めました。運転手は前を見て運転していましたが、車の後部座席のドアロックが「カチャッ」と音を立てたのです。当然Aは運転手に確認しましたが、運転手は不思議そうに「何もいじってないよ」と答えるだけでした。

不安になったAが窓の外を見ると、そこには確かに人影があったのです。白い服を着た女性が道端に立ち、こちらを見ているようでした。その瞬間、Aの脇を冷たい汗が伝いました。

そんな状況にもかかわらず、運転手は何事も無かったかのように淡々と運転を続けました。結局、家まで無事に着くことができたのですが、Aはその日以降、夜遅くタクシーで帰るのを避けるようになったと言います。

数ヶ月後、Aは引っ越しをすることになり、その地方都市を離れることになりました。そして引っ越し準備をしている最中、後部座席のシート下から、見覚えのない古い御札が見つかったそうです。それはかつての住人の忘れ物かもしれませんが、Aはそれをそのままにして新しい生活を始めることにしました。今でもその都市に行くことは無いそうです。

Aが体験したこの出来事は、彼にとっては本当にあった話です。ただ友人である私たちからすると、不気味極まりない都市伝説のように感じられました。誰にも説明できない奇妙な出来事は、きっとどこかで誰かが体験しているのかもしれません。あなたの身の回りでも、知らず知らずのうちに同じようなことが起こっているかもしれない、そう考えると少し背筋が寒くなります。

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