古びた民宿での恐怖体験

閉鎖空間

私は大学生のころ、友人たちと一緒に旅行に出かけた。目的地は山奥にある古びた民宿で、都会の喧騒から離れ、静かな時間を楽しもうという計画だった。インターネットで予約したその民宿には、一つの古い写真しか載っていなかったが、それが逆に私たちの冒険心をくすぐった。

到着すると、その宿は予想以上に年季の入った建物だった。朽ちかけた木造の構造、隙間風の漂う廊下、そしてところどころに掛けられている古びた絵画。オーナーと思しき初老の女性が出迎えてくれたが、どこか浮かない顔をしていたのが印象に残っている。

部屋に荷物を置き、さっそくみんなでリビングに集まった。天気が悪く外に出ることはできなかったが、その分ゲームやカードで楽しんだ。夜が更けるにつれ、次第に疲れてきた私たちは、それぞれの部屋に戻ることにした。私は二階の部屋を与えられ、重い木の扉を閉めた。その瞬間、沈黙が訪れた。壁掛け時計の秒針の音だけがやけに大きく感じられた。

ベッドに横たわり、ウトウトし始めた頃だった。突然、妙な音で目が覚めた。遠くの方で誰かの足音が聞こえたような気がしたのだ。明らかにこの時間に廊下を歩く人なんていないはずだった。私はそっと扉を開け、薄暗い廊下を覗いてみた。しかし、そこには誰もいなかった。ただ、奥の方から微かに何かの気配を感じた。

気味が悪かったが、もしかしたら友人の誰かが用事で起き出しているのかもしれない。そう自分に言い聞かせて、再び眠りに就こうとした。だが、次の瞬間、突然もの凄い音で目が覚めた。何かが物凄い勢いで壁に打ち付けられたような音だった。

驚いて飛び起き、部屋を飛び出した。廊下を急いで駆け抜け、音がした方向に向かうと、そこには深い闇が広がっていた。懐中電灯を持ってくるのを忘れたことを激しく後悔した。ふと思い出し、携帯電話でライトを点灯させる。しかし、その光明は私の不安を和らげることなく、むしろその雰囲気を一層神秘的かつ恐ろしいものに変えた。

廊下の先には、入口が大きく開かれた部屋があった。恐る恐る中を覗き込むと、そこは荷物置き場だった。何も人の気配はない。この時点で、私は何かこの建物に異変があることを確信しつつあった。

震える手でドアを閉じようとしたその時、私の背後で微かな囁き声が聞こえた。その囁きは、古い友人が耳元で語りかけるような懐かしさとともに、何故か冷たい寒気をともなっていた。振り向く私の目に飛び込んできたのは、薄い白い影のような存在だった。それは確かにこちらを見つめ、そこに佇んでいた。

恐怖心で一杯になり、その場を逃げるようにして自室に戻ると、友人たちが眠っている部屋へ行く勇気もなく、ただひたすら朝が来るのを待ち望んでいた。しかし、時間が経つほどにその朝は来るはずがないように思えた。

その夜は決して眠ることはなく、ただひたすら恐怖と不安とが心を支配した。朝を迎える頃には限界近くまで追い込まれていた。仲間たちも顔を見合わせると、彼らもまた何かを感じていた様子であることが分かった。全員が同じように薄暗い廊下での何かしらの異変を経験していたのだ。

朝の光が差し込み始めた時、私たちは決して二度とその場所に戻ることはないと心に決め、早々に荷物をまとめて民宿を後にした。車に乗り込むと、背後で宿が徐々に小さくなっていくその視界の中で、今朝までの出来事がすべて夢であったかのようにも思えた。

しかし、あの日、車を走らせ最寄りの駅に着くまでの間、誰一人として口を開くことはなかった。振り返ることなく、ただただその閉ざされた空間から離れ、現実に引き戻されることを切に願っていた。しかし、私たちを包み込んだその禍々しい空間の恐怖は、今でも忘れることはできない。人が立ち行くことを許されない場所、何かが居座るその空間に、私たちはただ遭遇してしまったのかもしれない。

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