あいまいなる闇のざわめきの中、よみがえりし魂の叫び、よもすがら聞こゆるものありけり。馭者なき馬車、道なき道を走り抜け、霧ふかき森の奥へと誘(いざな)いぬ。森羅万象の影、日月の巡りに歪みたり。星辰(せいしん)の導き、今宵もまた、誤たん。
「ふえぇ、ふえぇ……」と、うぬず心地に震えし小声、何処からともなく響きて。響(ひびき)に耳傾ける者、眼にしき闇の帳(とばり)をしばし忘れぬべし。あまたの夜、星降るにしげれ、舞う塵のみぞ姿を現す。
黄泉(よみ)の国より流れ来たる風、御霊(みたま)を解き放て。影の中、形(かたち)を失わしもの、言霊となりて縛(しばり)たり。何ゆえの、さながらの桎梏(しつごく)か。苔むせる石を撫でし手、亡者の手なるか。如露もなき涙に濡るる頬、誰ぞ慰めん。
「ふえぇ、ふえぇ……」と、またも響く声、老いず悔(く)いる声なり。古抱(ふるだ)かれし思い、千々(ちぢ)に乱れて。声無き声、影無き影、何をそ彼方(かなた)に求むるや。
魑魅魍魎(ちみもうりょう)を従え、暗き闇の国、帰らざる旅路。四方(よも)を塞ぎし楓(かえで)の木々、無言の語らいにて迎うる。奥深き森の尽頭(ここ)に、扉あらん。さすらい人よ、その扉を開くべからず。
「ふえぇ、ふえぇ……ほぉーー……」と、響きし声、焦がれし魂の嘆息(たんそく)ならん。魂を解き放て、解き放てと叫びぬ。宙(ちゅう)に舞う影、光無しの照り、朧(おぼろ)に漂う。
魔(ま)の弦鳴り、軋(きし)みし音、夢に見しもの、邪(よこしま)なる幻想(げんそう)か。行き交う夜陰、青白き灯(あかり)、手を伸ばすもの、何をぞ掴まん。
次の夜の帳(とばり)もまた、響(ひびき)のみが響きぬ。黄泉の語らい古(いにしえ)を咲き誇れり。やがて朝ぼらけの際(きわ)、魂新(さらず)の夜へ帰れむ。
されば、行く末の記憶、誰も焦(こが)れし時の流れを狂(くる)わせり。人の世にて、決して知れざるべし、闇の底の理(ことわり)を。過(すぎ)しを振り返るな、未だに森の奥、呻く木々の語らいに迷わされぬうち、道を探れ。
聞け、聞け、かつての唄、影集(あつめ)る夜の声。聞こえしならば、世の明け妄(妄)に目覚めぬべし。扉の音に鋏(はさむ)夢、捕らわれずに逃(のが)るるは一瞬の運命なり。
ただ知られぬ、ただ語られぬ、祈りし群(むら)れても、儚き境の果てに。声のみの慰め、影のみの隙間、重なりなむ澱(よどみ)忘れ、従(したが)えし道を、己すら茫(おぼ)け照らすべし。
さらば、さらばと、ことさら打ち消す記憶の流るるを、何ゆえに追うべきか。偽(いつわり)の姿、真実(すがた)のまこと、掴めぬ夢、守らざる心、振り付けし闇の帳(とばり)、いざ織りなさむ。
思い惑(まよ)うことなかれ、未だ来たり覚醒の時、沈黙の森を抜けるまで。隣人の空音(そらね)に耳目を閉ぎり、あなたがたの夜明けを見据えん。
時の流れに惑わされ、繋ぎし鐘の音、鼓音(こおん)も消えて、西方の果てへ誘いぬ。古(いにしえ)を謡い、影に生きる者たちよ、儚き夢のみ追い求めよ。幾千の夜を越え、再びの光を求めむ、妄に生徒(い)き急ぐ。