私の友人の友人が体験した話がある。彼の話はいつもどこか現実味が薄く、信じるのが難しいことが多かったが、この話だけは違った。妙に迫力があり、彼の話す言葉は私の心の奥に震えをもたらした。彼の曖昧な情景描写が、かえって不気味な現実感を漂わせていた。
彼の友人、仮に名を拓也としよう。拓也は地方都市の大学に通っており、ひとり暮らしをしていた。彼の住むアパートは古びた木造建築で、家賃の安さが魅力だった。玄関のドアはぎしぎしと音を立て、床板は歩くたびに不吉な音を発した。部屋の壁紙は年季が入りすぎて色あせ、剥がれかけている箇所も多々あったが、その古めかしさにかえって親しみも覚えていたという。
そんなある日、拓也が帰宅し部屋に入った瞬間、異様な感覚に襲われた。部屋の空気がいつもとは違った。どこか重く、息苦しいほどに圧迫感があった。家具の配置も変わっているようで、特に不自然な場所で揺れているカーテンが気になった。夜の風が弱く吹き込んできただけだと自分に言い聞かせたが、その薄気味悪さは消えなかった。
彼は部屋の中を調べることにした。ベッドや机の下を覗き込み、クローゼットの中も確認したが、特に変わったことは何もなかった。ただ、クローゼットの奥から漂うかすかな香りが、ひどく気になった。甘いような、どこか懐かしいような香りがわずかに漂っている。それはまるで、長年使われていない部屋の湿り気とともに舞い上がる香りだった。
その夜、ベッドに横たわった拓也は、妙な夢を見た。薄暗い廊下を歩いている。壁には見覚えのない絵画が掛かっており、その絵はまるで目が彼を追うかのように動いていた。恐怖を抱きつつも、彼はその廊下を歩み続ける。突き当たりのドアを開けると、そこには見知らぬ女性が立っていた。彼女は無言で拓也を見つめており、その目には計り知れない悲しみが宿っていた。
目を覚ましたとき、拓也は汗びっしょりで、心臓が激しく鼓動していた。夢とは思えないほどはっきりとした記憶が、彼の頭の中に残っていた。次の日から、彼の生活は少しずつ狂い始めた。
最初は些細なことだった。部屋の中の物が少しずつ移動しているように感じた。あの夢を見始めてから、妙な騒音が夜中に聞こえるようになった。かすかな声が、誰かのすすり泣き声のように聴こえてくるのだ。
ある夜、勇気を振り絞った拓也は、音の出所を突き止めるべく、Quietus携帯電話を片手に部屋の中を歩き始めた。音は間違いなくクローゼットから聞こえてくる。恐る恐る扉を開けると、奥にある絨毯が不自然な形で盛り上がっていた。彼がそれをめくりあげると、そこには古びた木製の扉が現れたのだ。
扉の錆びついた取っ手に触れると、冷たい金属の感触が指先に伝わってきた。恐怖と好奇心が交錯する中、彼はその扉をゆっくりと開けた。そこには狭い階段が続いており、その先には暗闇が広がっていた。心臓が激しく鼓動し、鼓動に合わせた自分の呼吸を聞きながら、一歩一歩進むことに決めた。
階段を降りると、そこには広い部屋が現れた。かすかな灯りが、部屋の中央に置かれた古いテーブルを照らしている。その上には、拓也が夢で見た女性の写真が飾られていた。彼女の表情はまるで夢の中と同じで、悲しみに沈んでいた。まるで彼を待ち続けていたかのように。
部屋の隅に目を向けると、その女性が再び現れた。彼女は静かに、自分の過去を語り始めた。彼女はかつてこの場所で暮らしており、何者かによって命を奪われたのだと言う。彼女の声はすすり泣きでかすんでいるが、時折はっきりと聞こえた。「あなたに、この場所を浄化してほしい」と。
拓也は呆然とその場に立ち尽くした。彼女の願いが何を意味するのか、その瞬間には理解が及ばなかったが、その日以来、彼はその女性のために祈るようになった。部屋も徐々に静まり返り、彼の生活も少しずつ平穏を取り戻したかのように見えた。しかし、今でも彼は時折あの柔らかな香りが漂うのを感じ、心の奥底に忍び寄る不安を拭い去ることができないという。
友人の友人から伝わったこの話は、まるで淡い霧がかかるような、はっきりとは見えない不気味さを伴っている。検証のしようもない曖昧さが恐ろしさを增幅させ、きっとどこかで、誰かの隣にも同じような影が潜んでいるのではないかという恐怖を私たちに刻み込むのだ。