禁断の人体実験「プロジェクト・エデン」の崩壊

人体実験

薄暗くなり始めたその夕方、研究室の照明がかろうじて彼の手元を照らしていた。西村博士は最後の検体に注射器を押し込み、底から液体を抽出した。それは、彼の最高傑作となるはずの「プロジェクト・エデン」と名付けられた、恐ろしい人体実験の始まりを告げる儀式のようなものだった。

その研究施設は、どこか忘れ去られた寂れた山間の村にあった。一度足を踏み入れれば、外との連絡は容易には取れない。交通手段は限られ、訪れる人は限られていた。この絶好の孤立は、西村博士の目的にとって都合が良かった。彼の目指す「新しい人間」の創造、それが彼の科学者としての究極の夢だった。

彼はかつて倫理的な枠組みの中で研究を行っていたが、次第により深い知識と技術への渇望に駆られるようになった。人間の身体を改造し、より強靭で不老不死の存在にすることができるのではないかという妄念に取り憑かれたのだ。数多くの論文を漁り、古今東西の伝説や神話にさえも目を通すうちに、彼は益々その確信を強めていった。

ある日、彼の元に奇妙な手紙が届いた。差出人も、送信元住所も不明だったその手紙には、ある秘薬の成分が詳細に記載されていた。そこには、人体の成長を促進し、老化を遅らせるとされる物質の化学式が記されていた。西村博士は、半信半疑ながらも、その手紙が自分の研究に新たな光をもたらすものであると直感した。彼は躊躇することなく、その成分を基に実験を繰り返した。

日はあっという間に過ぎ去り、実験は無数の失敗と試行錯誤の連続だった。それでも博士は諦めなかった。ある特定の組み合わせが奇跡的にうまく作用するまで、幾度となく様々な配合を試みた。そして、ある晩、ついに成功が訪れた。試験管の中で回転する透明な液体は、艶やかに輝いていた。その瞬間、西村博士は大いなる喜びに打ち震えた。

だが、その喜びもつかの間であった。彼は、成果を確かめるため、人間の被験者を必要とした。倫理はもはや彼の中で崩壊していた。彼は研究施設に隔離されているとある被験者、田村亮太という青年に目を付けることにした。田村は、何らかの犯罪により社会から隔絶され、当局から提供された被験者でもあったのだ。

西村博士は、プロジェクトの目的とその革新性を説明し、田村を説得した。だが、田村が理解したのは、彼が元の人生に戻れる可能性があるという希望だけだった。それが叶わぬ夢であるとも知らずに、彼は注射器の針をその肌に受け入れた。

実験は、まず肯定的な兆候を見せた。田村の身体は劇的に変化した。筋肉はより引き締まり、目はまばゆいほどの輝きを放ち、体力は飛躍的に増進したかのように思えた。しかし、その裏では何かが狂い始めていた。

最初に異常を感じたのは、田村自身だった。彼はしばしば奇妙な幻影に囚われ、現実感が薄れるような感覚に襲われた。それは徐々に頻度を増し、最終的には自分がどこにいるのかも、何をしているのかも分からないほどに彼の意識はぼやけていった。そしてある夜、彼は夢の中で一つの問いに直面する。「お前は誰だ?」その問いに答えられずに目を覚ました時、彼は全身に嫌悪感と異様な恐怖を感じた。

実験の副作用は、やがて身体的な変化としても現れ始めた。最初は髪が、次に指先が、肌が、異様に変化する。ついには彼の視界すら正常ではなくなった。物が二重に見え、影のようなものが現れる。それが誰なのか、何なのか、と訊ねてみても答えが返ってくることはない。

一方、博士は事態の深刻さに気付いていた。彼はその道徳性を完全に失いながらも、冷徹に観察を続けた。研究データを集積し、その過程と結果を記録することに執念を燃やしていた。しかし、不安も募っていた。この実験が成功するか、それとも完全な失敗に終わるか、いずれにせよ彼の野望は今や後戻りできないところまで来ていた。

そしてある晩、ついに惨劇が訪れる。田村は理性の糸を断ち切られたかのように突然暴れだし、博士の元へと向かってきた。彼は狂気に駆られ、制することのできない力で西村博士に襲いかかる。彼の目はもはや人間のそれではなく、暗く淀んだ深淵を覗いているようだった。

西村博士はその時、彼が単なる「被験者」以上の存在に転化してしまったことを理解した。しかし、彼の知識も力も及ぶことなく、田村の狂乱によって命を絶たれることとなる。

翌朝、静寂が戻った研究施設の中には、破壊の痕跡が残るだけだった。田村の姿も、西村博士の姿も消え、ただその場所に飛び散った血液と壊れた試験器具が物語を伝えるだけとなっていた。

それ以来、あの村は廃村と化し、そこに足を踏み入れるものは誰もいなくなった。時折、風に乗って囁かれるように聞こえる声がある。「お前は誰だ?」しかし、その声に答える者は今もなおいない。科学が人間の掌を超えた瞬間、彼らはその代償を払うこととなったのだった。

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