狂気の時計職人と呪われた屋敷

猟奇

霧が立ち込める夜、古びた屋敷の前に一人の男が立っていた。その男は、高名な時計職人でありながら、その手腕を恐れられるほどの狂気を秘めていた。屋敷の周りは鬱蒼とした森に囲まれており、かすかな月の光が差し込む以外、闇に包まれていた。

その屋敷は、かつては栄華を誇ったが、今では地元でも誰も近づかない忌み地となっている。屋敷の持ち主であった男が失踪して以来、多くの噂が流れた。中には、屋敷の内部に何か邪悪なものが潜んでいるというものもあったが、その詳細を知る者は誰もいなかった。しかし、意を決した男はその闇の中へと足を踏み入れる。

玄関口の扉は、錆びついた金具で辛うじて閉じられていた。男が力を込めて押し開けると、軋む音が重苦しく響き渡った。屋敷の内部は、風化が進んでいるものの、その豪奢さは容易に想像できた。壁には黒ずんだ絨毯が掛けられ、家具には埃が積もっていた。男は息を潜めながら、薄暗い廊下を進んだ。

微かに聞こえる音楽が彼を誘うように導いた。それは、歪んだ旋律のオルゴールの音だった。男は音の源を追うように、暗い廊下を進んでいった。

やがて、大広間にたどり着くと、彼の注意を引いたのは部屋の中央に置かれた大きな展示ケースだった。ケースの中には多数の懐中時計が並べられていた。それらの時計が時を刻むことはなく、その針は狂ったように動いていた。

男は狂気の色をたたえた目を輝かせ、ケースに近づく。だが、その時、背後からかすかな物音が耳に入った。振り返ると、薄暗がりの中に人影が浮かび上がった。影はゆっくりと、しかし確実にこちらに向かって歩み寄ってきた。恐怖と好奇心にかられた男は、身動き一つできずに固まってしまう。

その影が姿を現すと、それは無惨に切り刻まれた人の形をしていた。おぞましい姿に息を呑む男に向かって、それは低く囁いた。「時計を直してくれないか」と。声の主は、かつてこの屋敷の持ち主であった男の亡霊であることを悟った。

亡霊は、己の運命に抗うことのできぬ者のように、繰り返し懇願した。時計職人である男の中に眠る狂気が、奇妙な形で反応を示した。そして彼は、機械と肉体の境界を越えた「修理」に取り掛かった。

次の日、日が昇ると共に、その屋敷の存在を知る者たちはあることに気がついた。屋敷の時計台から、必死に時を刻む音が響き渡っていたのだ。それは、狂気の中で永遠に時を超えようとしていた者の残した名残であった。

しかし、彼らがその音に気付き屋敷に近づいたとき、不思議と音は止んでしまった。そして、時間が経つにつれ、音は徐々に消え去り、再び闇の中に戻っていった。屋敷に足を踏み入れた村人たちは、そこで異様な光景を目にした。

展示ケースの中には、多数の時計に加えて一つの新しい懐中時計があった。それは、今もなお狂ったように針を動かしている。だが、その時計を注意深く見た者たちは、そこに自身の影が映ることに気付いた。まるで時計自体が魂を宿しているかのように。

その時からというもの、村では不思議な現象が相次ぎ始めた。時計の針を直そうと触れた者たちは、一様に狂気に陥ると言われるようになった。そして、それらの時計は再び音を立て始めた。狂気が伝播し、村全体を包み込むように。

村人たちは次第に、この場に足を運ぶことを避けるようになり、屋敷は再び、静寂に包まれた忌み地へと戻る。狂った時計たちの囁きだけが、永遠に響くかのように。だが誰もその本当の意味を知ることはなかった。無惨に切り刻まれた者たちの魂が安息を掴むことはなく、狂気の輪舞は終わることなく続いていく。

そして、今もなお、その屋敷は村の片隅で静かにたたずんでいる。誰も近寄ることのないその場で、歪んだ旋律のオルゴールは繰り返し奏で続ける。時間が止まったかのようなその場所で、狂気はひっそりと息づいているのであった。

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