私はある夏の日、大学時代の友人たちと共に離島のペンションに泊まりに行くことになった。都会の喧騒から離れ、静かな自然の中でリフレッシュするという目的で、少しマイナーな観光地であるその島を選んだのだ。参加者は私を含めて5人。同じゼミで学生時代を過ごした仲間たちだった。ペンションは、島の山奥にあるため、到着するまでに長い林道を車で走らなければならなかった。
そのペンションは少し古びていたが、どこか味のある雰囲気を漂わせていた。オーナーは無口な中年女性で、必要最低限の案内だけして、あとは私たちに自由に過ごさせてくれた。チェックインを済ませ、荷物を置いて部屋に移動すると、各部屋に備え付けられた注意書きが目に入った。
「夜9時以降は敷地外に出ないでください。また、山の音を楽しむのは2階までにしてください。」
何とも奇妙な注意書きだった。興味をそそられた私たちは、早速夕食後に探索することにした。一階には大きなリビングとダイニングがあり、二階は客室、三階は公開されていないようだった。特に二階の廊下には、壁一面に古びた写真が飾られており、ペンションが開業された頃の写真から、過去の宿泊客まで様々なものがあった。
その夜、私たちはリビングで酒を酌み交わしながら、学生時代の思い出話に花を咲かせていた。すると、誰ともなく「階段を登る音が聞こえない?」という声が上がった。全員が耳を澄ませると、確かに木製の階段をゆっくりと歩く足音が聞こえてきたのだ。
足音はやがて二階で止まり、静けさだけが残った。気味が悪かったが、オーナーや他の宿泊客かもしれないと考え、その場は深く考えないことにした。しかし、その夜、私は奇妙な夢を見た。古びた廊下をひとり歩いていると、誰かの視線を感じる。振り返っても誰もいない。次第にその視線は強くなり、声のない叫びが心を締め付ける。目覚めると体が汗でびっしょりだった。
翌朝、昨夜の夢を仲間に話すと、似たような経験をした者が何人かいたことで、不安感が一気に増した。私たちはオーナーに三階について尋ねることにした。彼女は一瞬、言葉を失ったようだったが、重たい口調で答えてくれた。「あそこはもう長い間使っていません。忘れてください。」これでは何もわからない。不可解なまま、私たちは午後の観光に出かけた。
夕方戻ってくると、ペンションの雰囲気はさらに怪しさを増していた。空は曇り、薄暗い中、夕食を済ませた私たち。階段での足音が再び聞こえてくることを期待しながらも、どこか恐怖に飲まれていた。深夜、再びあの足音がした。その時、私は一人でいるのが怖くなり、他の部屋にいた友人たちと合流した。私たちはリビングに集まり、しばらく耳を澄ませていた。
すると、突然電気が消え、漆黒の闇が私たちを包んだ。一瞬の静寂、その後に響く階段を駆け下りる音。誰かがいる。だが、それを追う勇気は全員になかった。闇の中、何かが動いている。不自然な寒気が漂い、呼吸も浅くなる。明らかに何かが私たちの側にいるのだ。
すると、一人が震える声で「何かが上から降りてきている、ここに来る」と呟いた。言葉が終わる前に、私は一瞬だけ何かの気配が背後をすり抜けていったのを感じた。誰もが動けないでいると、突然電気が点いた。先ほどの足音や気配は何だったのか。
そのまま朝まで一睡もできず、私たちはリビングで固まっていた。オーナーが来て事情を尋ねると、彼女は静かに語り始めた。過去にこの場所で悲しい出来事があったこと、そして、それ以来このペンションでは不可解な現象が起こり続けていること。
オーナーの話が終わると、私たちは早々にこのペンションを後にした。後で聞くところによれば、あの恐怖と不可解な出来事は他の宿泊客の間でも知られていることだったらしい。それなのに、あの日の記憶は未だ現実に戻ってくるかのように鮮明だ。どうか、今あの場所にいる人々が無事であることを願うばかりである。