私の名前は田中翔太。これは、私が数年前に体験した出来事です。当時、大学生だった私は、友人たちと一緒に夏休みを利用して、ある小さな孤島に旅行に行くことになった。人口がほとんどいないその島には、親戚の所有する古い別荘があり、そこで数日間過ごす計画だった。
別荘に到着したのは、夕方のことだった。古びた木造の建物は、長年使われていないためか、どこかおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。友人たちも、「本当にここに泊まれるのか?」と不安そうにしていたが、せっかくの旅行だからとみんなで笑って不安を振り払うことにした。
夜になると、島は不気味な静寂に包まれた。風の音以外、まったく何も聞こえない。私たちはリビングルームに集まり、持参したトランプで遊ぶことにした。しばらくして、ふと私は窓の外に何か人影のようなものを見た気がして、凝視したが、それは月光に照らされた木の影だった。不気味な気持ちを振り払おうと、さらにトランプに集中する。
深夜、寝るためにそれぞれの部屋に戻った後、私は急に目が覚めた。時計を見ると午前2時を少し回ったところだった。外に聞こえる不気味な声—低く、どこか悲しげな声だ。夢か現実か判断できず、しばらく布団の中で身動きできずにいた。それでも、どうしてもその声の正体を確かめたくなり、恐る恐る窓を開けて外を覗いた。
そこには誰もいない。ただ、風に揺れる木々がざわめくだけだった。「きっと疲れているんだろう」と自分にいい聞かせ、もう一度寝ようとしたが、その時、部屋の外から物音がした気がした。何かが廊下を歩くような音だ。誰かが起きているのかと思い、部屋を出てみるが、廊下には誰もいない。
その夜、結局私はほとんど眠れなかった。不安を抱えたまま朝を迎え、みんなで朝食をとっていると、友人の一人が「誰か夜に廊下を歩いていた?」と質問してきた。他の友人たちも同じように不安な夜を過ごしたことがわかった。誰も何が起こったかはわからず、気のせいだろうと話をまとめ、島での滞在を続けることにした。
しかし、翌日も奇妙な出来事は続いた。その日の午後、別荘の裏にある古い井戸を見に行こうという話になり、全員で向かった。しかし、井戸の周りに近づくにつれ、何かが強く引き寄せるような感覚に囚われた。ひとりの友人が「あれ、何か見える」と指さした。私たちは井戸を覗き込んだ。
そこには、井戸の中に人影が映っていた。それは水面に反射する私たち自身の影ではなかった。見たこともない古い服装をした女性が、井戸の底でこちらを見上げている。ただの残像か目の錯覚かと思い、何度も目をこすったが、その姿は消えなかった。私たちは恐怖に凍りつき、その場から逃げるようにして戻った。
別荘に戻ると、みんな顔色を失っていた。この島は何かがおかしい。誰かがそう漏らし、島を離れることに決めた。その日の夜、私たちは今度こそ何も起こらないようにと願いながら、早めに床についた。
しかし、その夜もまた、私は夜中に目が覚めた。時計の針は午前2時を指している。部屋の中には重苦しい静寂が漂い、何かが存在している気配がする。足音が聞こえた。今度ははっきりと、おそらく別荘の中を誰かが徘徊している。
恐怖にかられて、私は部屋を出る決意をした。勇気を振り絞ってドアノブをひねり、廊下に顔を出す。すると、廊下の遠くにあの井戸で見た女性の姿が見えた。彼女は長い髪を垂らし、古い着物をまとっている。彼女の目は虚ろで、どこを見ているのかわからない。
心臓が飛び出そうなほど鼓動を打ち、私は体を硬直させて動けなくなった。その瞬間、友人たちの部屋からもドアが開く音がして、彼らもこの不気味な現象に気づいたようだ。
誰かが叫んだ。「出よう!この島は尋常じゃない!」私たちは荷物もそこそこに、別荘を飛び出し、夜の浜辺を駆け抜けた。足がもつれるような島の砂を駆け、ようやく迎えが来る予定だった小さな港にたどり着いた。
幸運にも、予定より早く港に現れた船に乗り、私たちはその島を後にした。船が離れるとき、振り返ったその瞬間、遠ざかる島の姿を視界の隅に捉えた。それはまるで、暗闇から手を振る人影が見えたかのようだった。
あれから数年が経ち、私たちはその出来事を二度と口に出すことはなかった。でも、あの孤島での体験は心に深く刻まれ、忘れることはできない。あの場所が本当に何だったのか、誰も知ることはないだろう。ただ、二度とあの島には近寄りたくないという思いだけが、いつまでも私たちの心から離れない。