夢の中で、私はどこか見知らぬ山奥にある神社に向かっていた。薄暗い森の中、木々はまるで生きているかのようにざわめき、風がその声を運んでくる。足元は泥にまみれ、呼吸するたびに冷たい空気が肺に刺さる。神社の鳥居は青白く輝き、そこをくぐると世界が歪むような感覚に襲われた。
不思議なことに、神社の境内は静寂そのものだった。そこに漂う空気は重たく、息をすることすら許されないように思えた。朽ち果てた社は、時の流れに取り残されたまま、神秘的な力をただ静かに湛えている。その前に立つと、古びた石の狛犬が私を見つめている気がした。彼らの目は空虚で、何を語るでもないが、それが返って不安を煽る。
境内を歩くうちに、夢路を辿ってきた記憶が曖昧になる。遠くからかすかな鈴の音が聞こえ、それが近付くにつれて現実なのか夢なのか区別がつかなくなる。気がつくと、私の目の前には白い着物をまとった少女が立っていた。彼女は何かを言おうと口を開きかけたが、すぐに黙った。それでも目は語っていた。話してはいけないという禁忌のようなものを暗に示していた。
彼女は声を発することなく、手招きで私を導いた。静かに後を追う間に、道は途中から見たこともない砂の海へと変わっていた。足元はしっかりとした地面があるはずなのに、砂の感触がつま先をくすぐる。辺り一面、うねる波のような砂の模様が続き、そこで私は時間の概念すら失っていた。
再び森に戻ると、目の前には古びた五重塔が立ちはだかっていた。塔は夢の中の存在のようで、足を踏み入れるには勇気が必要だった。しかし、まるで導かれるように、その内部へと進んでいった。中はらせん状の階段が続き、上へ上へと、吸い込まれるように歩みを進めた。
どのくらい登っただろうか、最上階にたどり着いた時、眼下には無数の狐たちが境内を埋め尽くしていた。彼らはここが我らの聖域だとでも言うかのように静かに佇んでいる。その視線が絡み合い、何を見ても狐面が浮かび上がる。次第に狐たちのかすかな囁き声が頭の中に響き始め、逃げないようにその場に縛りつける。
突然、異様な寒気が背筋を駆け上がり、集まっていた狐たちは一斉にその顔を私に向けた。彼らの目は炎のように光り輝き、跳ねる心音が耳を貫く。夢の中にいるという確証がどこかへ消え、現実なのか夢なのかという疑念が膨らむ。
少女が再び現れた。今度は彼女の傍に古びた御札が置かれていた。触れてはいけない、それは明らかだった。しかしどうにかその御札を避けて進もうとした時、足元がぐらつき、気づけば足場が崩れていた。落ちる間際に少女の手が伸びたが、彼女の指先は蜃気楼のようにぼやけ、そのまま現実の中に飲み込まれていった。
夢から覚めると、私は自宅の布団にいた。しかし何も変わらない孤独感と、どこかで見覚えのある砂の感覚が足元に残っていた。夢と現実の境界が曖昧になり、再び眠りにつくことが恐ろしく感じられた。あの神社はどこかで今も存在していて、薄く開かれた扉の向こうに私を待っているような気がしてならなかった。
次の日、気になって例の神社の場所を調べようと思ったが、どこにもそのような場所は見つからなかった。地図にも、誰かの記憶にも残っていない。まるであの場所が私だけに見せた幻であるかのようだった。そして、ふと気づくとポケットからあの古びた御札が落ちてきた。現実に戻ったはずの私の手の中にそれはあり、微かに煙のような匂いが漂っていた。
その匂いを嗅ぐと同時に、またもや鈴の音が遠くから聞こえ、それが現実のものか夢のものかが分からなくなってしまった。鈴の音はますますはっきりと耳に入り、再び、夢と現実が混在する恐怖の中に私は囚われてしまうのではないかという恐れで、心はざわめき続けるのだった。