4階の女の謎と木下の体験

都市伝説

数年前、私は大学のサークル仲間だった友人の吉田から、とある奇妙な話を聞いた。彼が話してくれたのは、「友達の友達」が体験した恐ろしい出来事だった。その話を聞いたときは、ただの都市伝説の類だろうと思ったが、今となってはあまりにも不気味な内容だったので、鮮明に覚えている。

ある晩、友達の木下が体験した出来事だと、吉田は話し始めた。木下は当時、一人暮らしをしていた独身のサラリーマンで、都内の古いマンションに住んでいた。仕事が忙しく、夜が更けるまで帰れないことが多く、その日も午前様だった。

マンションに戻るときは、エレベーターを使うのが常だったが、その日はなぜかエレベーターが点検中で、仕方なく階段を使うことにした。木下の部屋は5階にあり、階段を歩いていると、自分の足音以外にもう一つの足音が後ろからついてくるのに気が付いた。

振り返っても誰もいない。それでも、確かに一歩一歩、木下の足音に合わせて、誰かの足音が響いていた。嫌な予感がしたが、気のせいだと思い込もうとし、そのまま部屋までたどり着いた。部屋に入ると、不思議なことに足音は止まった。

その夜、何事もなく過ごし、次の日も仕事を終えて帰宅したときのこと。前日のことが頭をよぎり、なんとなく階段を見つめたが、エレベーターは通常通り動いていたので、木下はエレベーターを使った。

ところが、扉が閉まる寸前に誰かが「待て」と声をかけてきた。反射的に開ボタンを押したが、誰も乗り込んでこない。ドアの向こうに誰もいないことを確認し、怖くなった木下は早く部屋に帰ることにした。

その晩、彼は不思議な夢を見た。夢の中で、木下は何もない空間を漂っていた。ふと気がつくと、彼の前に一人の女性が立っていた。女性は笑顔で、しかし透き通っているようで、神秘的な雰囲気を醸し出していた。

「どうして聞いてくれなかったの?」と女性が言う。その問いかけに何も答えられず、木下は目を覚ました。目覚めた彼は、不愉快だったが、夢だと自分を納得させて、その日は普段通りに出勤した。

しかし、その日の帰り道、木下はまた奇妙なことに出くわした。マンションに着くと、今度はエレベーターの前に、不自然な冷気が漂っていたのだ。恐ろしくなりながらも仕事の疲れで正常に判断ができず、エレベーターに乗り込んだ。

エレベーターは1階から動き出した。しかし、その動きが妙に遅い。9階建てのマンションだったが、どういうわけか、4階で突然止まった。その時、彼の背後で女の声が囁いた。「忘れないでね」と。

振り返ると誰もいない。それでも、確かに聞こえた声。その声に心当たりもない木下は、慌てて部屋に飛び込んだ。ドアを閉めた瞬間、心臓が飛び出しそうなほど動悸が激しくなった。

それからしばらくして一週間経った頃、木下の友人である山本が訪ねてきた時のこと。彼は、木下の様子が普段と違うことに気づき、何があったのか問いただした。木下は、この話を決して他言しないことを条件に、今までの出来事を話した。

山本は、話を聞くうちにピンとくるものがあったようで「あの噂を知らないのか?」と言った。どうやらそのマンションでは、以前から「4階の女」の噂が囁かれており、彼女に関わった者は奇怪な出来事に巻き込まれると言われていたらしい。詳しいところまではわからないが、4階で自殺した女性の霊が、訪れた人に何かを訴えてくるという。

木下は驚くとともに、その状況に納得した。そしてその日の夜、決意したことがある。再度、4階に行き、その女性に何が言いたいのか確かめようと。

真夜中の3時、最も霊的に活性化すると言われる時間帯、木下はエレベーターに乗り込んだ。そして、4階のボタンを押し、ドアが開いた途端、冷たい空気とともにあの女性が立っていた。

彼女は微笑んだ。「見つけてくれてありがとう」とつぶやいて、何かを差し出した。それは一枚の写真。そこには彼女と、見知らぬ男性とが仲良く写っている姿があった。「この人を探して、私に伝えてほしいことがある」と女は続けた。

しかし、それ以上のことは教えてもらえず、木下が気づいた時には、写真だけが彼の手に残っていた。女性の姿は消え、エレベーターの扉は閉まった。

木下はその写真を手がかりに色々と調べた。やがて、男性の身元を特定し、会うことができた。その男性に事情を話すと、彼は驚きながらもどこか納得したような表情を浮かべた。

「彼女のことをずっと探していた。彼女は行方不明になってから、音沙汰がなかったから……」それを聞いた木下は、再び女性の元に戻ることにした。あの4階の、彼女を見かけた場所で。彼女に、男性が無事であることを伝え、再び依頼を果たせたことを告げに。

そして彼女は、そこで微笑んだ。それ以来、木下の周りで奇怪な出来事は起こらなくなり、この話はこうして解決を見た。が、今でも木下は時折、4階のエレベーターを眺めては、あの女性が現れないか気にしてしまうことがあるらしい。

吉田がこの話を終えたとき、私はただそれを都市伝説として受け止めようとした。しかし、どこか心の片隅に、この現実にも起こり得る不思議な話の一端を信じてしまう自分がいたのも事実だ。

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