私が体験したわけではないけれど、友人のAが話してくれた不気味な出来事がある。Aの友達の妹、つまり会ったことはないが身近な感じのする人に起こった話だ。これが本当にあったことかどうか、確かめようがないのがなんとも怖い。
その妹、Bが体験した話だという。Bは東京の大学に通っていたんだけど、ある地方都市の小さな町に実家がある。両親の家に帰省するのは年に数回で、お盆や正月ぐらいしか帰らないようなこともあった。とても静かで、良く言えばのどか、悪く言えば退屈な町だそうだ。
Bが体験したのは、そんな正月に実家に帰った時のことだ。その日は珍しく雪が降っていたらしい。地元ではそんなに大雪は降らないから、雪が珍しいのだそうだ。それに加えていつもよりさらに人気がない。Bは到着した晩のことにはしゃくり上げそうに寒く、だがどこか懐かしい感覚に浸っていた。
次の日、近所の神社に初詣に行くことになったが、去年引っ越してきた家族がいて、その家族4人、特に中学生の息子と娘が少し変わっているという噂が耳に入った。TVも見ないし、町の行事にもほとんど顔を出さないというのだ。町内でつながりがほとんどないので、その一家のことは誰もよく知らない。そのためか噂話は絶えなかったらしいが、Bは特に気にしていなかった。
神社の帰り道、白い息を吐きながら歩いていると、5メートルくらい先の角で何かが動いているのが見えた。最初は犬でもいるのかと思っていたらしいが、よく見ると小さな影が二つ、ジッとこちらを見ていることに気づいた。あの引っ越してきたという子どもたちだった。彼らは一緒に立っていて、まるで何かを待っているかのように見えた。
Bは少しだけ気になったが、特に声をかけることもなくその場を通り過ぎようとした。しかし、その瞬間、背後から「おねえさん、これはあなたのものですか?」という声がしたそうだ。その声は震えるほど冷たく、どこか重々しいもので、Bはぎくりと立ち止まった。
振り返ると、そこには子どもたちはいなくて、しかし道に何か黒い物体が落ちていたことに気づく。よく見るとそれは、古びてほつれた黒いリボン。少し前に見た子どもたちがいた場所だ。Bはそのリボンを手に取るべきかどうか迷ったが、また背後から「それはあなたのものじゃない」と囁く声が聞こえ、恐ろしくなってその場を離れた。
この出来事があった日の夜、Bは奇妙な夢を見て目を覚ました。夢の中では彼女は、自分が通ったことのない暗い道を歩いていた。雪が降りしきる中、道の向こうには数人の人影が見えた。それは同じ町のものだとは思えず、やけに大きな音で歯車のようなものがずっと回っている。その夢が何度もループするように続いて、なかなか目覚められなかったそうだ。
翌朝、不安な気持ちで目を覚ますと、またもやそのリボンが部屋の入り口に落ちていた。さすがに怖くなってしまい、Bは家族にそのことを話した。しかし、誰も心当たりはないという。それだけでなく、家族の誰に聞いてもその引っ越してきた“子どもたち”のことを全く覚えていないというのだ。挙句の果てにはBがその神社に一人で行ったことにされていた。
そんなことはありえないと、彼女は戸惑ったが、家族全員が口を揃えてそう言い張るため、自分の記憶が混乱しているのかと疑い始めた。
それでも気になって、Bはその日の午後、もう一度直接神社まで行ってみることにした。雪が解けかけた狭い道を歩きながら、ふと足元を見るとまたあの黒いリボンが落ちている。なぜかそれを見た瞬間、鼻の奥がツンと痛くなり、涙がこぼれた。リボンはいつの間にか、彼女を呼び込むかのように道を誘導している気がした。
そこに、再び低い声が聞こえた。「こっちへおいで、お姉さん」。背中を冷たいものが走り抜け、振り向くと例の子どもたちがもう一度その場所に立っていた。
「これは、本当はあなたのものじゃない」と言いながら、彼らはどこか別の世界から来たかのように、その声も姿もどこか現実離れしていた。そして気がつけば、子どもたちは消えていた。
何が起きたのか、Bはそれ以降も夢に悩まされ続けたが、戻ってくるたびに、家には決まって黒いリボンが一つ必ずあることに気付いた。
その正月以降、Bは体調を崩し、大学も休学した。それから1年程過ぎた現在でも体調は回復しきらず、時折精神的にも不安定になることがあるそうだ。家族は元々人に対して警戒心を持たない性格の彼女の変わりように戸惑っている。
その後、B家族も再度その新しく引っ越してきた家を探してみたが、噂に聞いた住所には家がない。町内の名簿からも該当の世帯はまったく見つからない。まるで霧の中に消えてしまったようだ。
不確かだが、友人であるAが語ったこの不気味な話は、聞くたびにどこか背筋を凍らせる。Bの体験したことが本当であったとしても、そしてもしそれがただの夢や幻想の類であったとしても、あの黒いリボンと子どもたちには何か秘密があるのだろう。
Bは今でも、そのリボンを見るたびに何かしらの声を感じることがあるという。それはささくれ立った囁きであり、時には足元を冷たく突き抜ける寒気として現れる。「これがほんとうに自分のものなのか」と、何度も自問自答しながら、それでもリボンを捨てることができずにいるらしい。
結局、Bは引っ越した町での新しい生活を始めたものの、あの不気味な体験はどこか彼女の心に影を落としている。何かを探しているような、あるいは何かに追われているかのような日々。だからこそ、Bのことを知っているAも含めた私たちは、彼女にその「真実」について詮索をすることは避けるようにしている。
記憶に焼き付いた不思議な子どもたちの姿が、Bに何を伝えようとしていたのか、それともただの幻想だったのか。永遠に解けることのない謎として、Bと共にあることだろう。
こうした話は都市伝説として語られているが、この先また、誰かがこのような体験をすることがあるのだろうか。その可能性は決してゼロではない。特に、何が起きるのかわからないこの現代では。