黄泉神社の小道と異界への扉

異次元

私は30歳を迎え、都会の喧騒から離れるために田舎町に引っ越すことにした。そこは小さな村で、どこか神秘的な雰囲気を感じる場所だった。村人たちも親切で、すぐに馴染むことができたが、一つだけ気になることがあった。村の外れにある古い神社には、誰も近づかないということだ。

その神社は村の人々から「黄泉神社」と呼ばれており、何か不吉なものを漂わせていた。近所のおばあさんが「あそこには足を踏み入れない方がいい」と忠告してきたときは笑って返したものの、心のどこかで興味を引かれている自分がいた。ある日、村の古老から「黄泉神社の由来」を聞く機会があった。話を聞くうちに、興味はさらに増した。

古老によれば、黄泉神社は異界への門が隠されているとされ、神社の裏山には時折、異次元のものが現れるという。彼の話はまるで童話か伝説のようだが、聞くにつれ、何か本当に不安定で狂気じみたものを感じ始めた。私の理性的な部分はそれを否定しようとしたが、好奇心は抑えられなかった。

数週間後、私は夜中にその神社へ行くことを決意した。満月の夜、外灯もない道を歩いていくと、夜の冷気と静寂が肌を刺すようだった。神社に着くと、月明かりが鳥居を青白く照らしていた。周囲は思った以上に旧式で、ここが長年人の手が加えられていないことが一目瞭然だった。

私は鳥居をくぐり、本殿へと続く石畳を歩いた。足音が静けさを押しつぶすように響く。ふと立ち止まり、背後を振り返ると、何か動いたような気がした。だが、そこには夜風に揺れる草木があるだけだった。

鳥居の向こうに見えたのは、第六感に訴えかけるような、どこか不自然な空間だった。私が神社の本殿に足を踏み入れたその瞬間、空気の流れが変わった。音のない世界に飛び込んだような錯覚に陥り、周囲の時間が急に止まったように感じた。

その時、私の目は、摂社の奥に開く小さな祠に引き寄せられた。それは他と違って、古びた様子もなく、むしろ新しい石で作られたように見えた。明らかに異様な感触に囚われながらも、私は意識せずに吸い寄せられるように近づいた。

その祠の隙間から、一筋の光が漏れ出ていた。これはただ事ではないと理性が訴えるも、手が勝手に動き、扉を開けた。内部は黒い霧が渦を巻いていた。目が離せず、その中には際限のない深淵が広がっているように見えた。気づけば私はその中へと引き込まれるように身を乗り出していた。

霧が手足に絡みつき、感覚が次第に無くなっていく。どれほどの時間が経ったのか分からないが、そこにいたのは「理解を超えた存在」だと、自ずと悟った。巨人とも言えるその存在は、星々の輝きのような目でこちらを見下ろし、声なき声で何かを囁いた。意味は不明だったが、そこには底知れない恐怖と絶望が込められていた。

その瞬間、頭の中で何かが切れ、気が付けば神社の前に倒れていた。周囲は明け方の薄明かりに包まれ、夢のような出来事は現実味を失いつつあった。だが、一つだけ確かなのは、その存在の視線と囁きは決して消え去ることなく、私の心に刻み込まれたということだった。

私は村を去り、再び都会での日常に戻った。しかし、あの体験が夢でないことを証明するように、夜になると今でも時折、あの囁きが聞こえてくるのだ。あの神社での出来事が、ただの幻想であってほしいと願う一方で、時折、自らが何か大きな力に監視されているかのような錯覚に陥る。

異次元の存在に触れた私は、もはや普通の生活を送ることはできなくなった。どれだけ時間が経とうとも、あの夜の恐怖と絶望から解放される日は訪れないのかもしれない。そしてまた、静寂の中にあの囁きが響く時、何者かが次の一歩を踏み出す時を待ちながら、じっとこちらを見つめ続けるのだと理解した。

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