**3月5日**
今朝、古びた日記帳を見つけた。実家の蔵を整理していると、埃をかぶった箱の中から出てきたものだ。表紙には何重にも糸を巻き付けられており、何か重要なものが書かれているのだろうか。
興味本位で糸を解き、ページをめくってみた。字は古いもので、所々かすれているが、読むことに問題はない。内容はこの地域に伝わる古い話、特に「黄泉の村」という、昔からよく聞かされていた話であった。
**3月10日**
日記帳を読み進めた。名前までは記されていないが、どこかの村の住民が書いたものだろう。彼によると、「黄泉の村」と呼ばれる場所には厳重に近づかないよう何度も警告されていたという。しかし、読んでいると胸がざわつく。どこかで聞いたことがあるような記述が多いのだ。
祖母にこの話をしたところ、昔からこの家系では「黄泉の村」に関する話が禁忌とされていたと教えられた。なぜ禁忌なのか、その理由については教えてもらえなかったが、もっと知りたくなった。
**3月15日**
日記帳から少々不気味な記述を見つけた。「村の中心に立つ一本の樹が、黄泉と現世を結ぶ扉である」。その木に触れた者は、決して戻ることができないのだと。この記述を読んでからというもの、妙な夢を見るようになった。
夢の中、緑豊かな森を抜けると、背の高い木が現れる。大きな影がこちらに向かって手を伸ばそうとしている。その木に触れようとする自分がいるが、目が覚めると汗びっしょりになっていた。
**3月20日**
夢が日に日にリアルになってきた。夢の中での木の香り、土の感触、全てが生々しい。今年の春は特に肌寒いはずなのに、夢の中では暑ささえ感じる。しかし、どれだけ異様でも日記帳を手放せない自分がいる。この話に原因があるのだろうか。
少し気味が悪いが、逆に興味が湧いてきた。そうしているうちに、現実でもその森を訪れる衝動に駆られている。
**3月25日**
地方の図書館で古い地図を探し当て、「黄泉の村」と推定される場所を見つけた。どうやら隣町の山奥に存在するらしい。町の人たちはその場所を嫌がり、話題にすることさえ避ける。
強く興味を惹かれるまま、ついにその場所へ足を運んでしまった。古びた地図を頼りに進むと、見慣れた夢の光景が広がった。あの木が目の前に聳えていた。どうしても触れてみたい衝動に駆られ、指先でその表皮を撫でた。
その瞬間、不気味な風が立ち上り、鳥肌が全身に走った。不思議と恐怖心は感じなかったが、何かが始まる予感がした。
**3月30日**
体の調子がどこかおかしい。夜になると熱が上がり、夢と現実の区別がつかなくなってきた。夢の中では、人々のうめき声や泣き叫ぶ声が聞こえる。彼らは何かを探しているように見えた。
調べてみたところ、この場所で何百年も前に村全体が襲われ、全滅したという記録がある。住民たちは、何かの儀式を境に突然狂気に駆られ、互いを殺し始めたのだという。これが「黄泉の村」の正体なのだろうか。
**4月5日**
最近、見知らぬ人たちの顔が脳裏に浮かぶ。まるでずっと前から知っていたかのような親近感を覚えるが、どんなに思い出そうとしても思い出せない。彼らは一体何者なのだろう?
昨日は家の中で誰かが泣いている声を聞いた。他の家族はその声を聞いていないらしく、僕が少々おかしいように感じているようだ。しかし、僕には確かに聞こえた。この日記帳が何かを繋いでしまったのだろうか。
**4月10日**
毎日が悪夢のようだ。目の周りの皮膚が黒ずみ、体も重く、起き上がる気力さえ失せた。村の住人たちの影が現れては消え、何かを囁く。呪いのようなものが解き放たれている感覚がする。
今日は風の中に耳を触れられるような感覚があり、その後、ぼんやりとした記憶がよみがえった。あの村で祖母の言っていた儀式が何を示していたのかが少しずつ明らかになってきた。
**4月15日**
ついに全てが繋がった。夢の中で村の住人であるかのような体験をした。彼らは村を守り、いつか我々のような者が再び接触するのを待っていたのだ。彼らの怨念は今でも続き、僕の曽祖父母たちが村を襲撃した罪を償わせるために僕を選んだのだ。
祖父が口にした禁忌の理由が明らかになった。結局、この家系の者が再び村に関わることで、その呪いを背負うことになる。そう、僕は因縁を背負う者として選ばれたのだ。
**4月20日**
日記をここで終える。もはや現実と夢の区別がつけられない。彼らの叫びが日に日に大きくなり、僕を責め立てる。安らぎなど程遠い。自分の命が尽きるまでこの呪いからは逃れられないのだろう。
もし、これを読む者がいるなら、どうかこの日記を燃やし、決して黄泉の村には近づかないでほしい。罪を償うことができない者たちの叫びが、これ以上広がらないことを、切に願う。