駅での不思議な体験と恐怖の克服

都市伝説

私がこの話を耳にしたのは友人Aからだった。彼は大学時代に知り合った気の合う仲間で、ある日、彼の口から出たこの話がきっかけで私たちはいっそう深くつながった気がした。最初は、どこにでもある都市伝説の一つだと思って聞き流していたのだけど、話を聞くうちに不気味なリアルさが増していき、じっとしていられなくなった。

Aの地元の友達Bが体験したものらしい。Bは地元の企業に勤め、毎日地元の駅から電車で通勤している。その周辺には、戦中に大きな爆撃を受けた場所が点在していて、今でも何かしらの噂が絶えない。Bがその体験をしたのは、ある秋の夕暮れ時のことだった。

その日、Bはいつものように仕事を終え、駅に向かった。車内は帰宅ラッシュの時間帯を過ぎていたため、比較的空いていた。彼はいつもと違って、普段座ることのない進行方向と逆の席に座った。その車両には彼のほかに数人の乗客がちらほら見えた。車窓からは夕焼けに赤く染まった空が広がり、少しぼんやりした状態で窓の外を眺めていた。

電車がある駅で停車し、Bはさらに深い夢想状態に陥っていた。だがふと気づくと、電車はしばらく停車したまま動かない。時計を見てみると、数分が経過していた。普段なら短時間で発車するはずなのに、まったくその気配がない。「何かトラブルでもあったのだろうか」と思い、周りを見渡してみた。しかし、他の乗客たちは誰一人として動揺した様子もなく、ただ目の前のこと、もしくは各々のスマートフォンに夢中になっている。

窓の外をよくよく見てみると、その駅は確かに見覚えがある。しかし、どこか違和感が漂っていた。駅の看板に書かれた駅名が見慣れた名前だったにもかかわらず、そこに付きものの広告ポスターや売店が見当たらないのだ。「何かがおかしい」という感覚が次第に強まる。

そのとき、車内アナウンスが流れた。普段は快速が通過するはずの駅に臨時停車しているという説明だった。そしてさらに、「近くで事故が発生したため、発車を見合わせております」とのこと。その瞬間、Bの心には不安が募る。なぜか、その説明が信じられなかった。そして、それはすぐに現実へと移行する。

Bは突然、空気の動きを感じ、「何か」が車内に入り込んだ感覚を味わったという。それは、人の姿をしていないくせに不思議と「人」だと感じられる存在だった。何とも言えない悪寒が背筋を走り、Bは目を閉じた。しかし、すぐに目を開けると、その「何か」が隣の座席に座っていたらしい。

その存在は無表情でBを見つめ、口元が微かに動いた。何を口にするのか耳をすませてみても、声は聞こえない。しかし、Bにはそのことばの意味がはっきりと伝わってきた。「ここにいたらいけない」と語りかけているようだった。

Bは身体が凍りつくことを感じながら、その駅を思い切って降りることにした。車内の他の乗客たちには無関心を装いつつ、普通に出口へ向かう。そして、駅の外へ出た途端、その「何か」の存在感が薄れていくのを感じ、ほっと息をついた。

Bはそのまま駅員に事情を説明することにした。「何だかおかしい感じがするんです。変なものを見た気がして……」と曖昧に訴えかけると、駅員は一瞬眉をひそめたが、「この駅は時々、昔ここで亡くなった方々の霊が出ると噂がありますが……」と、あまり気にしない様子で答えた。

Bはその後、しばらくその駅を使うのが怖くなったという。通勤ルートを変え、遠回りをしてでも違う駅を利用する日々が続いた。そして、数週間経ってから勇気を振り絞り、再びあの駅を訪れることにした。

その日も夕方だった。駅に着くと、あの日のような不安や恐怖感は薄れ、もう何も起こらないだろうと自分に言い聞かせた。しかし、電車が入線してきたとき、一瞬心臓が止まるような思いをした。あの日と同じ車両、同じ位置に例の「何か」がまた座っているように見えたのだ。

この話を友人Aから聞いたとき、懐疑的に構えていた私は、Bのその後の行動が気になった。「それで、Bはどうしたの?」と尋ねると、Aは少しばかり意味ありげに言葉を続けた。「Bはその後、なんとか恐怖を克服し、その駅を再び日常的に使うようになったんだ。でも時々、自分が見る世界が別の次元に滑り込んでしまったかのような感覚に襲われるみたいだ。それが、彼にとって最も怖いことなんだろう。」

私は無言で話を聞き、なんとなく静かな恐怖を感じた。それは単なる幽霊話ではなく、人の心の中で何らかの形で真実味をもって存在している何か、その不安や恐怖が現実に影響を及ぼすのかもしれないという思いが募る。Aの話を聞いた夜、私は車窓越しに見える闇に、なぜだか無性に恐怖を覚え、普段の何気ない景色が急に不気味に感じられるのだった。

それ以来、私は夜遅くに電車に乗るとき、どうしても心を落ち着けることができない。私が住む町の駅でも、何か異様なことが起こるのではないかと、つい警戒してしまう。日常にひそむ恐怖は、どこにでもあり、そしてそれは「誰にでも訪れる可能性がある」と思わずにはいられない。

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