静寂の中に潜む不安

心霊体験

私がそのアパートに引っ越したのは、ちょうど去年の秋のことだった。都心から少し外れた静かな住宅街にある三階建てのその建物は、外見に少し古さを感じさせるものの、内装はきれいで家賃も手ごろだった。不動産屋がこの物件を勧める際、私はその理由を理解できずにいた。そんな好条件の物件が、なぜこんなにも空室なのか。だが、その時の私は新しい就職先に向けて急いで引っ越す必要があったため、深く考えずに契約してしまった。

引っ越しの日は快晴で、秋の冷たい風が心地よく感じられた。家具を運び入れてもなお広いリビングが、私を歓迎するようだった。夜になると、周囲は驚くほど静かになった。東京という大都市の喧騒を忘れさせる静寂の中で、私は新しい生活の始まりに胸を躍らせていた。

初めて不穏な気配を感じたのは、引っ越して1週間ほど経ったある晩のことだった。その夜、私はベッドに横たわり眠りにつこうとしていた。目を閉じると、部屋の中に妙な圧迫感を覚えた。まるで誰かが私を見つめているような、そんな感覚だった。最初は疲れのせいだと思い、無理やり眠りについた。

しかし、その感覚は次第に頻繁になり、日中でも背後に誰かの視線を感じることが多くなった。会社に行く途中やコンビニで買い物をしている最中でさえ、その視線から逃れられない日々が続いた。

ある夜、私はリビングに置かれた古びたソファに座っていた。その時、不意に耳元で誰かの囁き声が聞こえた。あまりに突如として現れたそれに、私は立ち上がり、辺りを見回したが、誰もいない。風が吹き抜ける音にしては、あまりに人間らしい響きだった。その日以来、私は夜が怖くなり、部屋の電気をつけっぱなしで眠るようになった。

ある日のこと、会社の同僚にちらりとこの話をしたところ、彼は意外な反応を見せた。「そのアパート、もしかして誰も住んでなかったところ?」と。その問いの裏には、何か知っている様子があった。詳しく聞くと、前の住人が立ち去ってから長い間、空き家だったという話だった。しかも、その前の住人が突然失踪したという噂まである。引っ越す前に知っていたら、こんなところには決して住まなかっただろう。

それでも私は逃げ出さず、アパートでの生活を続けた。だが、ある晩、決定的な出来事が起きた。深夜2時、私はトイレに行くために暗闇の中を歩いていた。リビングを通過する時、ソファーの影に何かがいるのを目の端で捉えた。それは確かに人影だった。驚いて電気をつけると、何もない。誰もいない部屋に、私はますます恐怖を感じた。

その夜、私は決心した。この部屋を出て行くべきだと。次の日、私は再び不動産屋に行き、引っ越しを決意したことを伝えた。不動産の担当者は少し困ったような表情を見せたが、特に止めることもなかった。

そして今、私は新しいアパートに引っ越している。ここは都心から少し離れているが、住人も多く安心できる場所だ。引っ越してから、不思議な視線や囁き声はぴたりと止んだ。しかし、時折あのアパートのことを思い出すと、何とも言えぬ不安感が胸をよぎる。あの部屋には、私以外の何者かがいたのかもしれないと、考えずにはいられないのだから。

真夜中に胸がざわめくとき、私はあのアパートの静寂を思い出す。都会の喧騒に包まれていながらも、絶えず私を見つめていたものの正体を、ついに知ることはできなかった。それは、ただの思い過ごしだったのか、それともかの部屋に潜んでいた何かが、今もなお新しい住人を待ち続けているのかもしれない。それを確かめる術は、もう私にはない。いつか、別の誰かがその部屋を訪れ、同じ不安を感じる日が来るのかもしれない。その時、彼または彼女はどうするのだろうか。私はその答えを、知りたくとも知ることができないまま、現実の生活に戻っていくのだった。

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