鏡の呪いと永遠の見守り

呪い

美しい田舎の村、黄昏が訪れると、どこからともなく謎めいた音が聞こえてくる場所がある。森の奥深くにひっそりと佇む、その古ぼけた神社には秘密があった。村の者たちは、かつてその神社を守る役目を負う家族が、その役割と共に何か恐ろしいものを封じ込めてきたと噂していた。

ある夏の日、大学生の武夫が村に帰省した。古びた蔵を整理している最中に見つけたのは、一冊の古い日記帳だった。日焼けした紙には、彼の曾祖母が綴ったと思われる昔話が記されていた。彼女の手による丁寧な筆致は、やがて奇妙な物語を明かしていった。

「……我々の先祖は、この土地と共に生きることを誓い、山の神と契りを交わした。しかし約束の日に、村の誰かがそれを破ってしまった。怒り狂った神は、村に呪いをもたらした。私の父はその贖いとして、神社を護る者としての生を捧げた……」

日記の最後には、何者かに追われるような緊迫感が記され、大きな墨で「決して見るな」という言葉が殴り書きされていた。不思議に思った武夫は、その話に引き込まれるようにして神社へと足を運んだ。

神社は山の入り口にひっそりと存在していた。苔むした階段を登り、木々に囲まれた鳥居を潜ると、そこには朽ちかけた社殿があった。その場に漂う静寂さに一瞬、不安がよぎったが、好奇心に負けた武夫は中に足を踏み入れてしまった。

古びた社の中は、湿った土の匂いと何か得体の知れない気配に満ちていた。彼がぼうっと立ち尽くしていると、突然足元の畳が微かに揺れた。驚いて目をやると、畳の端が少し浮き上がっているのを見つけた。焦燥感にも似た何かに駆り立てられるかのように彼はそれを持ち上げた。

下には、封印を示すような古びた木箱が隠されていた。鎖でぐるぐると巻かれ、厳重に閉ざされていたが、無造作に触れてしまったその瞬間、ぞっとするような冷気が武夫を包んだ。箱を開けてはならないと直感的に感じたが、日記の記述が頭の中で繰り返された。「それは、見てはならぬもの――」

しかし、武夫はその誘惑に逆らえなかった。鎖を解き、木箱の蓋を少しずつ持ち上げていくと、中から薄暗い輝きを放つ古鏡が姿を現した。その鏡は不思議な力で彼を惹きつけ、覗き込むと、彼の背筋に寒気が走った。

かつての村人たちの姿、恐怖に歪んだ顔、そして呪詛の言葉が目の前に次々と現れる。武夫はそこに止められた時の凍てついた一瞬を見てしまっていた。背後から声が聞こえ、振り返ると、見慣れぬ影が彼を標的に定めているように佇んでいた。

その日から、武夫の周囲で奇妙な出来事が次々と起こり始めた。日毎に彼の生活は変わり果て、次第に呪いが彼を取り巻くようになっていった。夢の中で誰かの叫び声がこびり付き、目覚める度にその声は彼の耳元で囁いているかのようだった。「御神託を破ったな……」

恐怖のあまり、彼は再び神社を訪れ、封印を保つ方法を必死に探した。しかし、その暗い森の中、彼の前に現れたのは、世代を超えてこの神社を護ることに苦しんできた先祖たちの無言の後姿だった。彼らは、武夫に何かを訴えるように手を差し伸ばし、警告しているかのようだった。

そして、ついに立派な装束に身を包った山の神が現れた。彼の目に映るのは、この地に流れる古の血の遣いだった。「お前の血筋はこの地を見守らねばならぬ。今こそ使命を果たせ。永遠に続く繋がりと、その罪を」と、神は言い放った。

武夫は、鏡を持って跪き、何度も謝罪の言葉を繰り返した。恍惚としたその瞬間、神と先祖たち、全ての影が彼の身体の奥深くに流れ込んできた。村の暗い過去と共に呪いが解き放たれたその瞬間、武夫の体は不気味な程に安らぐのだった。

それ以来、彼は村を去り、二度と姿を見せることはなかった。しかし、村人たちは不思議なことが起こったと噂した。その夜を境に、森の奥から聞こえていた謎めいた音は消え去り、風の通り道となった神社がまたひとつ、その役目を果たしたのであった。

時折、黄昏時に神社の近くを通る者は、森の静けさの中に微かな声を耳にするという。それは、かつての見守り手たちの静かな囁きと共に、新たなる見守りが始まった証であろう。出会った者は皆、敬意を以てその地を通り抜ける。そして、いつしか、「決して見てはならない」という古い教えが、再び生き生きと村に伝わりだした。

それは、過去の罪と時を超えた因縁、そして人々が神秘と共に生きるべき教訓として語り継がれていくことになった。

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