これは、ほんの数週間前に僕が体験した話だ。匿名掲示板に書くことを決めた理由は、自分の中で整理したいのと、誰かの助言が欲しいからだ。馬鹿らしいと思われるかもしれないが、聞いてほしい。
僕は大学生で、一人暮らしをしている。普段は友達が遊びに来たりして賑やかなんだけど、その日は全く予定がなかったから、一人でネットサーフィンをしていた。その時、怖い話が集まるスレッドを見つけた。元々心霊やオカルトに興味があるから、ワクワクしながらそのスレを読み進めた。大半は典型的な作り話に思えたけれど、一つの投稿だけは、どうにも気になった。
それは「鏡にまつわる禁忌」というタイトルで、投稿者が「M」と名乗る人の体験談だった。内容はこうだ。ある特定の方法で鏡を覗くと、自分とは異なる存在と出会うことがあるという。具体的な方法まではMは書かなかったが、そのプロセスを行った後に奇怪な現象が起き続け、最後にはM自身が精神的に参ってしまったという話だった。書き込みの最後には、「興味本位でやってはいけない」と強い警告が添えられていた。
普通なら、それで終わっていたかもしれない。でもその日はなぜか、どうしても試してみたくなった。特に具体的な方法が書いていないので、他の書き込みやネットを参考にしながら、自分なりの「方法」を考え出した。遅くなってからが良いと思ったので、夜中の3時を待つことにした。
時間になり、僕は風呂場の大きな鏡の前に立った。部屋中の電気を消し、唯一の光源としたのは手に持った単三電池の懐中電灯だけだ。心臓がドキドキしていたが、それ以上の興奮もあって冷静を保っていた。手順通りに、僕は鏡に映った自分と目線を合わせた。
何分見つめていたんだろう。始めてからしばらくは何も起きなかったが、ふと気がつくと鏡の中の自分が微妙に笑っているような気がした。もちろん、僕自身の口元はピクリとも動かしていない。それはほんの気のせいだと思っていたんだけど、その時確信した。視界の片隅で、何かが動いた。
恐る恐る鏡から目をそらさずに視線を少しずつ移動させると、鏡の端にいたのはもう一人の「僕」だった。それでもなお、目の錯覚だと自分に言い聞かせ続けた。しかし、その存在は鏡の中で少しずつ近づいてきた。恐怖のあまり動けない僕と違い、「僕」は自信に満ちた、どこか悪意を帯びた表情を浮かべている。
反射的に後ずさり、手に持っていた懐中電灯を落としてしまった。辺りは真っ暗になり、パニックになって壁に手を伸ばして部屋中の電気をつけた。恐る恐る再び鏡を覗き込んだが、そこには何も変わらない自分の姿があるだけだった。安堵と同時に、どこか拍子抜けした気持ちになった。
その日はそれで終わった。しかし、その出来事をきっかけにして、次第に不可解な現象が起こり始めた。まず、朝目覚めると部屋の家具が少しずつ動いていることに気づいた。最初は寝ぼけていると思っていたが、何度も続くうちに明らかに異常だと気づいた。
さらに、何も見ていないはずの鏡の前を通るたびに、背筋が寒くなる感覚があった。ある日、シンクの前に立っていたとき、鏡に映った自分の背後を何かが横切ったのを見た。振り返ったが、当然のように誰もいない。
僕は本気で怖くなり、あの掲示板でアドバイスを求めることにした。同じ体験をしたという人が何人か現れたが、ほとんどはそれ以来何も起きていないと言う。どうやら僕だけが、その存在を引き寄せてしまっているようだった。ある人が、最後に鏡を覗いた後「元に戻したか?」と尋ねてきた。それが何を意味しているのか、その時はまだ理解できなかった。
その夜、再度風呂場の鏡の前に立った。今度は恐怖を抑えるための護符を置き、慎重に鏡を覗き込む。しかし、またしてもあの「僕」が現れた。そして、今回は明確に口が動いている。「見つけた」とでも言うように。
恐怖のあまり、思わず鏡を叩いてしまった。すると、全てが静止したように感じた。何が起きたのか分からないが、それ以来、その存在はもう現れなくなった。
奇妙な話だが、一体何があったのか未だに確信が持てない。同じような経験をしたことがある人がいたら、是非教えてほしい。これを書いている間も、ちらつく後ろの視線が消えてくれない。