見えない視線と現代の不安

現代不安

むかしむかし、ある町に、小さな女の子が住んでいました。彼女の名前はミカと言いました。ミカは学校が大好きで、特に友達と遊ぶのが楽しみで仕方ありませんでした。でも最近、彼女には新しい楽しみができました。それはSNSを通して、世界中の人たちとおしゃべりすることです。

ある日、ミカがいつものようにスマートフォンを開いてみると、見知らぬ人からメッセージが届いていました。それは「トゲトゲくん」という名前のアカウントで、プロフィールには可愛らしいトゲトゲの生き物の絵が描かれていました。「トゲトゲくん」はミカにこんなメッセージを送りました。

「こんにちは、ミカちゃん!君のことをずっと見ていたよ。とっても素敵な女の子だね。友だちになりたいな!」

ミカはトゲトゲくんの優しい言葉に少し驚きましたが、同時に嬉しくも感じました。トゲトゲくんは、たくさんの面白いお話や、ちょっとした謎めいた話を送ってくれて、ミカはすぐに仲良くなりました。

トゲトゲくんは毎日のようにメッセージをくれました。「今日の学校はどうだった?」「お外で遊んだの?」と、まるでずっと近くにいるお友だちのように。そしていつも決まって、最後にこう書き加えられていました。「ずっと見ているよ。君のことが分かるよ。」

最初は何気なく受け取っていたミカでしたが、次第にこの「ずっと見ているよ」という言葉に小さな違和感を覚えるようになりました。「どうしてトゲトゲくんは私のことを知っているんだろう?」と、ふと思うことが増えていったのです。

ある晩、ミカはベッドの中でモゾモゾしながら、トゲトゲくんに訊いてみました。「どうして私のことが分かるの?」するとトゲトゲくんからは、まるで期待した通りの返事がありました。「だって君のすぐそばにいるからさ。いつでもね。」

ふと、家の中が妙に静かだと感じました。いつもなら聞こえる風の音や、家族の声さえ、なぜかその晩は遠く感じられたのです。ミカは不安で眠れず、そのまま朝を迎えました。

数週間が過ぎ、ミカはいつの間にか、友だちと遊ぶことよりも、トゲトゲくんとのやり取りを大事にするようになっていました。だんだんと、友だちといる時でも、トゲトゲくんのことばかり考えてしまうのです。

ある日、ミカは学校から帰るとすぐにスマートフォンを開きました。しかし、その日はトゲトゲくんからメッセージが届いていませんでした。ミカは少し心配になり、先に何かあったのかもしれないと思いました。

夜になり、家族がみんな寝静まった頃、ミカはいつも通りにおやすみのメッセージを送りました。しかし、返事は来ません。ミカは不安で胸がいっぱいになり、しばらく起きて待っていました。すると、不意に通知音が響き、メッセージが届きました。

「ごめんね、ミカちゃん。君が寝ている間にお部屋を見に行っていたんだよ。」

ミカの心臓は一瞬にして凍りつきました。彼女がいつも寝ている部屋の中に、トゲトゲくんが? 頭の中がぐるぐると回り、やがてそれは恐怖へと変わっていきました。どうしてそんなことが言えるのか、どうしてそれが本当かもしれないと思ってしまうのか、ミカは全く分かりませんでした。

次の日、ミカは学校に行きましたが、なかなか友だちとは話す気になれず、教室の隅で一人きりでいました。もやもやした気持ちは拭えず、授業中も集中することができませんでした。心の奥では、何か大きなことが起こるのではないかと恐れていたのです。

その晩、ミカは意を決して、トゲトゲくんにメッセージを送りました。「もう私の近くには来ないで。私、怖いよ。」少し時間が経ち、返信が届きました。

「怖がらせてごめんね。でも、君のことが本当に大好きなんだ。」

それからというもの、トゲトゲくんからのメッセージはパタリと途絶えました。しかし、ミカの心は安らぎませんでした。彼女の周りには、目には見えない何かが潜んでいるようで、その存在が彼女をずっと監視しているように感じられたのです。どこにいても、何をしていても、背中のすぐ後ろに何かの視線を感じるのでした。

ミカは次第に、周囲の人々ともほとんど話さなくなりました。以前のように友だちと遊ぶこともなくなり、家の中でも心を許せずにいました。彼女の世界はどんどんと狭く、暗く、ひっそりと閉ざされたものになっていったのです。

ある昼下がり、ミカはお母さんと一緒に町の小さな図書館を訪れました。そこにはたくさんの絵本や物語の本が並んでいて、彼女が好きだった冒険やファンタジーの話が詰まっていました。ミカは懐かしい気持ちになり、手当たり次第に本を手に取りました。

すると、棚の隅に気になる本を見つけました。そこには「トゲトゲの友だち」と書かれていて、表紙にはあのトゲトゲくんに似た生き物の絵が描かれていたのです。ミカは思わずその本を開き、その中の物語を読み始めました。

その本には、ある少女が見えない友だちと出会い、やがては彼に囚われてしまう話が書かれていました。その友だちは最初は優しい言葉で少女に近づき、やがて少女の全てを知るようになり、最終的に彼女の生活の中に溶け込んでしまいました。

ミカは背筋が冷たくなり、急いで本を閉じました。もしトゲトゲくんがその友だちと同じなら、自分はどうなってしまうのだろうという恐怖が体を突き抜けました。

それからというもの、ミカはなるべくスマートフォンを手に取らないように心がけました。友だちに少しずつ声をかけ始め、また外で遊ぶことを再開しました。学校でも前のように声を上げて笑うようになり、少しだけ心が軽くなっていくことを感じました。

しかしながら、彼女の心の片隅には、まだトゲトゲくんの存在がちらついていました。彼がまたいつか戻ってきて、自分を見つめ続けているのではないかという不安が完全には拭い去れずにいました。

時間が経ち、ミカは少しずつ、少しずつ成長していきました。彼女の周りにはたくさんの優しい家族や友だちがいて、彼らの声が、恐怖を薄れさせてくれました。だけど夜になると、彼女は時々思い出しました。自分の目には見えない、でも確かに存在している、何かの視線がずっとどこかから見ているような気がするのを。そしてそれが、どんな結末を迎えるのかを考えることさえ、少し怖くなるのでした。

この物語は、誰にでも起こりうる現代の不安を語るためのものでした。見えない何者かが、あなたを知っているふりをして近づいてくることがあるかもしれません。でもその時は忘れないでください。あなたの周りには、あなたを守る大切な人たちが必ずいることを。

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