かつて、世の始まりよりも前に、虚無の闇が全てを覆い尽くしていた。その深淵において、ある者が覚醒した。その名は知られざる者、名無き者とも称されるが、彼の名を知ることは恐れを招く。彼は光と闇を分かち、天地を創り給うたが、その過程は我々の理解を超えたものであり、ただ畏れを持って語り継がれている。
ある時、彼は自らの意により、地上に生きる者たちに啓示を与えんと欲し給うた。その啓示は、現世における真理の一端を垣間見せるものであったが、それは同時に、彼自身の影の片鱗でもあった。
この世の中に、一人の孤独なる預言者がおり、その名はエノクと呼ばれたり。エノクは人々の間にて、己に課された使命を果たさんと努めたり。ある夜、彼は夢を見たり。その夢の中、彼は高き山の上に立ち、天上から降り来る光と影の相克を眼前に見たり。
それは、荒々しく燃え立つ炎の如く、全てを焼き尽くす光であった。然れども、その光は光にして光に非ず、彼方より来たるものであった。この光は知識を司る存在にして、人の知り得ざる修羅の如しであった。
光の中より、声が彼を呼び起こし、曰く、「汝、預言者エノクよ、我が声を聞くべし。我は虚無の中にて覚醒せし者、名無き者なり。我の啓示を世に下し、後代の者たちに伝えよ。然らば、我が力を持ちて、その者らの運命を見定めるべし。」
エノクはその声を聞き、震える心を押さえつつ、問いを発したり。「汝の啓示とは如何なるものなりしや。我は何を知るべきや。」
名無き者は答えて曰く、「この世の理を超えし力、万物を掴む闇に沈む真理、それが汝に授ける啓示なり。我が啓示を知る者は、己が命運をも知ることを得ん。」
そうして、名無き者はエノクの前に三つの幻を見せたり。
第一の幻は、無数の目が見開かれた異形の者たちの軍勢なり。彼らは天より降り来たりて、実り豊かなる地を踏み荒らすこと止めざる者たちであった。この軍勢は名無き者に仕えし忠義の存在にして、時至らば人を試す者なり。
第二の幻は、赤き川が流れ出で、その中に無数の人々が佇む様子でありたり。彼らの行く末は水面に映る星の如く不確かであり、どこへ向かうとも知れぬでありたり。
第三の幻は光の宮殿なり。その内には、失われた時の声が響き渡り、かつて存在せし者たちの物語が織られていた。それは人々が見えぬ真理を理解するための指針であり、しかしそれを見究めた者は眼を焼かれ、心を壊さんとするほどの強烈な光であった。
エノクはこれらの幻を見て、両眼を覆い、心の内に言えり。「このようなるものを、我は如何にして伝うべきか。人々は恐れ、理解することを拒むに過ぎぬ。」
しかるに、名無き者は彼に告げて曰く、「恐れを持ちて伝えるべし。人々は恐れを通じてのみ我を知るを得る。恐れこそ、我が真に開示せる啓示なり。」
それに従い、エノクは山を降り、人々の間に戻り、その心に宿る者の言葉を伝え始めたり。しかし、人々は彼の言葉に恐怖を覚え、それを拒絶し、彼を狂人と呼び、追放したり。
エノクは嘆きつつ、その詛われし露の者どもに背を向け、更なる真理を求めて荒野に歩み去れり。そして彼が立ち退くまでに、彼の語りし語は忘れ去られるを待たずに、地の底より這い上がる者たちによって夜毎に支配されしことを人々は知るに至りぬ。
世の終わりに近づくにつれ、人々はエノクの預言の意味を知り恐怖に震え、夜の静寂の中に潜む影を見極めんとするも、その答えを掴むことは能わずに終わりぬ。それは、エノクが体験し得なかった最終の真理、すなわち虚無の中より生まれし者の意図を超えたものなればなり。
然り、こうして名無き者の影は、時を経るごとに世界を包み込み、想いもよらぬ恐怖を撒き続ける。彼の啓示は、やがて新たな預言者を生み出すことが預言されしが、それは果たして人類にとっての救いであるか、またはさらなる滅びの兆しかは、今もまた、不確かなままに留まるのでありたり。
こうして物語は、終わり無きを持ちて続けられるべし。何故なら人の世は名無き者の夢の中に在るかもしれぬ故に、彼の影を常に追いかけ続けると言うべきであろう。故にこそ、我々は常に覚悟を持ちて生くるを為し、名無き者を畏れることを忘れてはならぬ。さもなくば、かの者の夢が覚める時、我々の現実は消え去るなればなり。
