竹林の神隠しと帰還した友人の謎

神隠し

六月の終わり、梅雨の雨がしとしとと降り続く中、村の子供たちが姿を消した。彼らは学校からの帰り道、いつも通る古びた神社の脇の細い道で姿を消したのだ。雨が地面に作り出す小さな水たまりに映った空は、鉛色の雲で覆われていた。神隠しが起きたという噂は、一瞬にして村全体に広まり、大人たちの顔は不安の影を濃くした。

村の伝説では、神社の裏に広がる竹林は異界への入口であり、満月の夜には異形の者たちが現れると言われていた。竹林の中にはかつて古い祭壇があり、村の者たちは毎年、豊作や平和を祈願して捧げものをしていた。しかし、時が経つにつれその風習も次第に廃れ、祭壇は次第に苔むし、忘れ去られてしまった。

幼い頃からその話を聞いて育った私は、常にその竹林に対する畏怖の念を抱いていた。だが、同時に抗えない好奇心もあった。その日、私も友人たちと共に学校から帰っていたが、何かが心をざわつかせ、別の道を選んでいたのだ。だから私は、あの日の出来事を知らないままでいられた。

数日後、消えた子供たちを探すために村総出で捜索が始まった。竹林はじめ、近隣の森や山が隈なく探されたが、どこにも彼らの姿はなかった。ただ、竹林の奥深く、かつての祭壇のあたりで見つかったのは、子供たちが持っていたと思われる傘や教科書、そして、竹の根元に刻まれた奇怪な文字の羅列だった。それは見慣れぬ文字たちで、誰も解読することができなかった。

数ヶ月が過ぎ、村の人々は次第にその件について口を閉ざし始めた。まるで恐怖を忘れるかのように。しかし、私は心の中で安らぎを得られずにいた。子供たちのことを考えるたびに胸が締め付けられ、あの竹林に入る度に、異界への門が開かれるのではないかという不安に駆られた。

やがて、ある日の夕方、私の友人の一人がふらりと村に帰ってきた。彼は確かにあの日、竹林に消えた一人だった。だが、その姿はどこか変わっていた。彼の眼は深い何かを湛え、笑みは以前とは違う、不気味なものであった。

彼は行方不明だった時の記憶を失っていると言った。ただ、彼の話の端々から、異世界のような場所にいたかのような断片的な記憶が見え隠れしていた。それらは夢か現実か明確には分からない、と彼は言う。彼が戻ってきた後も、他の子供たちは誰も戻らなかった。

村の人々はその友人を歓迎し、喜びをもって迎え入れたが、皆その目にはどこか疑念の色があった。私もまた、彼と会話を重ねるたびに、何かが違うという感覚を拭い去ることができなかった。話す内容は以前と変わらないようでも、その話し方や仕草が微妙に異なっていた。

一度など、夜の神社に彼を誘ったときのことだ。普段であれば、彼は進んでその誘いに乗るはずだった。しかし、その時は激しく首を振り、「もうあそこには近づきたくないんだ」と強い拒否感を見せた。「何かが俺を見ているような気がするんだ」と、独り言のように呟いていた。

その夜、私はある夢を見た。竹林の中で、子供たちの声が風に乗って聞こえ、それに導かれるように進んで行った。やがて、我知らずあの祭壇の前に立っていると、朽ち果てた祠の陰から影が蠢くのが見えた。何かがこちらを覗き込んでいる。それは人の形をしていたが、人ではないと直感的に悟った。体がすくみ、声が出ない。まさにその時、誰かの声が「まだだ」とささやき、私ははっと目を覚ました。

それからというもの、村には得体の知れない不安感が漂い続けた。竹林はますます近づき難い場所となり、人々は言い伝えを思い出し、お互いにあの場所には行かないようにと注意し合った。しかし、一度失われた平穏は容易に戻ることはなく、未だにどこかで私を待ち受ける何かがあるような気がしてならなかった。

そして、あの友人も、ある日再び姿を消した。彼は何も言わず、何の前触れもなく去ってしまったのだ。彼がいなくなった部屋には、例の奇妙な文字の走り書きが残されていた。村人たちはただ、静かにそれを見つめるばかりだった。

彼が戻ってきた理由、再び消えた理由、そしてあの異界の存在。その全てが今もって、謎のままである。自分自身も、いつの日か竹林の呼び声に逆らえなくなるのではないかという恐れと共に、村での日々を過ごし続けている。

それでも竹林は、そこに存在し続ける。静かに私たちの生活を見下ろしながら、まるで再びその口を開く時を待ち構えているかのように。どこかで今も、彼のあの不自然な笑みを思い出し、その背後に潜む何かを感じずにはいられなかった。

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