秘められた村の儀式: 闇送りの謎

風習

秋の終わり、色づいた山々が冬の訪れを待つ中、私はある小さな村を訪れた。周囲を深い森に囲まれ、まるで時が止まったかのようなその村に、友人の佐々木からの誘いで足を運んだ。佐々木はこの村の出身で、何年かぶりに帰省するというので同行することにしたのだ。彼の車で山道を進む間、彼は村について語ったが、その内容はどこか奇妙な響きを持っていた。

「この村には古くから伝わる風習があるんだ」と彼は言った。「外の世界とはほとんどかかわりを持たない。昔からそうだったし、これからもそうであり続けるだろう」

私たちは村に着いた。どこか異様な静けさが迎えてくれる。木造の家々が長い年月を経てなお立派に立ち並んでいたが、人の姿はほとんど見当たらない。佐々木一家の大きな屋敷に通され、彼の家族に出迎えられた。家の中は暗く、冷たい空気が漂っていた。ホールには古い柱時計があり、カチリカチリと淡々と時を刻んでいる。

夕食が始まる頃、村の風習についての話題が持ち上がった。食卓を囲む佐々木の両親や祖父母は、それを声高に語ることは避けていたが、彼らの言葉の端々に不安が滲んでいた。

夜も更け、部屋に戻ると私は眠れぬまま、一冊の古い本を手に取った。それは村の歴史について書かれたもので、風習の詳細が記されていた。そこにはこう書かれていた。

「この村では、秋の終わりに”闇送り”という儀式を行う。村人たちはそれを通じて、一年の災厄をすべて送り出すのだ」

しかし、その儀式について具体的なことは何も書かれていない。そこには理由があるからだろうか。ページをめくる手が止まり、私は何故か背筋が寒くなった。この村は、何かしらの秘密を抱えているに違いないと思った。

翌朝、佐々木と散策をしていると、村の外れにある古い神社へと足を向けた。石段を登ると、そこには苔むした鳥居があり、誰も寄り付かない静寂が支配していた。神社の奥には神秘的な湖が広がり、その湖面は穏やかで、まるで何かを秘めるかのように淡い光を反射していた。

「ここが”闇送り”の場だ」と佐々木は呟くように言った。「この湖に向かって、人々は一年の厄を送り出す」

それ以上、彼は何も教えてくれなかった。しかし、説明のできない不安が胸を締め付けた。

その夜、ついに”闇送り”の儀式が執り行われることになった。村の人々はみな厚手の黒い衣服をまとい、無言の行列を作って湖へと向かっていく。私も佐々木に促され、その一員として仕方なく付いて行くことになった。

湖畔に到着すると、竹筒に火が灯され、淡い光が水面を照らしていた。村の年老いた神主が静かに経文を唱え始め、その声が闇夜に響く。静寂がいっそう深まる中、村人たちは一人一人湖に向かって頭を下げ、何かを捧げているようだった。

不意に、湖のほとりで佐々木が私の手を引っ張り、小声で話しかけた。「決して振り返ってはいけない。この儀式の間、何があっても振り返るな」

彼の声色に込められた切迫感に、不安が募る。村人たちは、何か恐ろしいものを隠しているのだろうか。

儀式が進むにつれ、奇妙な静寂が湖を覆い始めた。風は止み、月の光はかすかにしか届かない。空気が重く感じられる。まるで見えない力が働いているかのようだ。

突然、私の背後でかすかな足音が聞こえた。何者かがこちらに近づいてくるようだった。しかし、佐々木の忠告を思い出し、振り返ることはできなかった。その代わり、心の中の恐怖がますます大きくなり、何かが喉を締め付けているような気がした。

その時、湖面に浮かぶ竹筒から一斉に火が放たれ、村の者たちは静かに湖面に目を向けた。そこには、何かしらの形が浮かび上がっていた。村人たちはそっと目を閉じ、口々に祈りを捧げた。

一瞬、私は本能に逆らえず振り返りかけたが、やはり最後の瞬間で踏みとどまった。そのまま恐怖に耐え、目を伏せて祈り続けた。そして、やがて湖は再び元の静けさを取り戻した。

儀式が終わると、村人たちはまた無言で解散し始めた。佐々木は、私をそのまま村の家へと連れ帰ったが、彼も何かに悩まされていることは明らかだった。私はその夜、あの湖の何が彼を、そして村の人々を恐れさせるのかを考えながら、眠りについた。

翌朝、村を離れようと車に乗り込む際、佐々木の両親が何も言わず見送ってくれた。彼らの目には、何か深い闇を垣間見たような気がした。

車中、私は佐々木に問いかけた。「なぜ振り返ってはいけないのか?」

彼はしばらく答えず、ただ道路に目をやっていたが、やがて、こう答えた。「もし振り返ったら、今見ていた世界とは違うものを見てしまうかもしれない。それはすべてを変えてしまう可能性があるんだ。この村には、守られるべき秘密がある」

その言葉を最後に、佐々木は黙り込んだ。私たちは無言のまま山を下り、そして私はこの村を二度と訪れることのないまま日常へ戻っていった。

その後も、あの湖と村で見た風景は忘れることができなかった。夢の中で何度も振り返ってしまう自分を見つけ、そのたびに得体の知れない恐怖が蘇る。あの静寂とともに感じた何かが、私の心の奥底にこべりついたようだった。あの村には、まだ知らぬことが多すぎる。何かが闇の中で動いていることを、私は知ってしまったのかもしれない。

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