禁断の進化実験

人体実験

まだ誰も知らない場所に、ひとつの研究施設が存在した。そこは暗闇に覆われた森林の奥深く、太陽の温かな光すら届かぬ静寂の隠れ家であった。この施設は、古びた煉瓦の建物の中に秘匿されるようにしてひっそりと佇んでいる。その存在は、一般の者たちには知られることなく、科学の名の下で日々実験が繰り返されていた。

研究員たちの顔は疲労の色を宿していた。日々の実験の繰り返し、成功と失敗の狭間で揺れる不安定な精神。彼らは次第に、本来の目的を見失いつつあった。研究テーマは「人間の限界を超えた進化」。斬新であり、同時に危険を伴うそのテーマに魅了され、彼らは倫理という名の鎖を少しずつ自らの手で外し始めていた。

ある夜、幾らかの希望と共に、新たな実験が始まった。ターゲットとなったのは、道端に捨てられた野良猫だった。小さな身体に施されたのは、驚異的な再生能力を持つという謎の液体。透明な注射器がその液体をたっぷりと含み、猫の体に静かに打ち込まれる。

時間がたつにつれて、猫の体は異様な変化を起こし始めた。毛並みが異常なまでに光沢を放ち、その眼は夜の闇さえも透かして見えるように鋭さを増していた。再生能力も予想以上で、傷一つ残ることなく瞬く間に回復を遂げる。

しかし、変化はそれだけに留まらなかった。猫の行動は徐々に狂気を帯び始め、人の手に負えないほどに激しく暴れ出した。鋭い爪が研究員たちの肌を引き裂き、彼らは恐怖に駆られて逃げ出すことしかできなかった。

この成功とも呼べない成功に研究員たちは震えた。人間以上の力を持つ生物、その存在は彼らの中である種の神話を生み出した。これこそ人間の進化の新たな段階なのだと、狂った叫びをあげる者もいた。

そして、彼らはこの現象を人間で試すことを計画し始めた。非倫理的などという言葉はすでに彼らの辞書にはなく、好奇心と狂気が彼らを駆り立てていた。被験者は、志願してやってきた若き男性。彼はこの実験の成功を信じ、科学に自らの希望を託していた。

実験は静かに始まった。彼の腕に注射された液体は即座に全身を駆け巡り、その肉体にゆっくりと変化をもたらした。その夜、彼はほとんど眠ることができなかった。意識がはっきりと冴え渡り、体中の細胞が新しい何かに置き換えられていく感覚。それは恐怖でありながらも、一方で計り知れない快感でもあった。

日が昇るころには、彼は全く違う存在へと変わり果てていた。筋肉は常人の倍以上に発達し、視覚や聴覚も鋭敏さを増していた。しかし、その変化は予想を超えて進行していた。心の奥底に隠されていた原始的な欲望が解放され、彼は無意識のうちに研究員たちを襲うようになった。

「逃げろ!」誰かの叫び声が施設の中に響き渡るが、すでに手遅れだった。彼の肉体は人間のそれを超えてしまったが、心は理性を失い、野獣と化していた。冷酷な笑みを浮かべ、次々と彼は仲間たちに襲いかかった。

生き残った研究員はわずかだった。彼らは見たものを公にすることなく、この出来事を心の中に封じ込めることに決めた。施設はその日のうちに火を放たれ、過去の痕跡をすべて焼き尽くしてしまった。

誰も知らない。誰も覚えていない。そして、今なお、あの森の奥深くでは、異形の生物がひっそりと息を潜めているという。科学とは、一体何のために存在するのか。人間とは、神の領域にまで踏み込むべきなのか。

暗い森の彼方から、時折聞こえてくる獣の遠吠えが、その答えを握っているかのように思えた。いまだに続く闇の実験、その結末は誰にも語られることなく、ただ静かに歴史の闇に消え去っていった。現代文明の輝かしい進歩、その影には常にこうした闇が潜んでいるのだと、人々はふと、忘れたころに思い出すのだろう。だがその時には、すでに手遅れであるに違いない。

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