私はこの話を書くことをためらっている。しかし、誰かに伝えなければ、私が目撃した恐怖が永遠に闇に葬られてしまう気がするのだ。この話は、私がかつて働いていた研究施設での出来事についてだ。あの場所では、人が決して触れてはならない領域に踏み込んでいた。
私は大学で生物学を専攻し、卒業後、ある有名な研究機関に就職した。当時は非常に誇らしく、世界を変える発見の一端に関われると思っていた。しかし、その夢はある夜を境に悪夢へと変わった。
施設は郊外の山奥にあり、外界から隔離されていた。私はそこで、人体の限界を超えた再生能力を研究するプロジェクトに参加していた。目的は、事故や病気で失われた体の一部を再生させることだった。最初は倫理的な枠内で行われていたが、プロジェクトが進むにつれ、その枠が徐々に押し広げられていった。
プロジェクトチームのリーダー、ドクター・Kは、非常に熱心な人物で、再生医療の限界を押し上げることに執念を燃やしていた。彼は、次第に人間のボランティアを使って実験を行うようになった。もちろん、それは公には許されていない行為だ。しかし、莫大な予算と成果の圧力により、上層部は黙認している様子だった。
ある晩、私はドクター・Kのオフィスを訪ねた。予想よりも遅くなり、すでに夜が更けていた。部屋に入ると、彼は机に座り、大量のデータを見つめていた。私は何か手伝えることはないかと尋ねたが、彼は不機嫌そうな顔を見せただけで、何も言わなかった。緊張感が漂っていた。
その時、ドアの向こうからかすかな声が聞こえた。重い扉を通して聞こえるその声は、いまだかつて聞いたことのない異様な響きを持っていた。「助けて」というような、人間の声の残響のようにも聞こえた。私は立ち止まり、ドクター・Kに尋ねた。「今の声、何ですか?」彼は少しの沈黙の後、「ただの機材の音だよ」と言ったが、その顔は明らかに動揺していた。
私はその言葉を信じることができず、声の出どころを確かめることにした。許可を取ることなく、その場を後にして声の元へ向かった。研究施設の地下には、施設の重要な研究が行われているラボがあった。私が行くべきではないエリアだったが、好奇心と不安が私を突き動かした。
地下への階段を降りると、冷たい空気が肌に触れてじわじわと不安感が募った。奥に進むと、小さな部屋のドアがある。そこで再び、あの声が聞こえてきた。もうそれは、はっきりとした人間の声だった。「お願いだ、ここから出してくれ」と言っている。
ドアをそっと開けると、私はそれを見てしまった。そこには、人ではない何かが横たわっていた。人間の形をしているが、明らかに違う。全身が痙攣し、皮膚は異形な形で膨れ上がっていた。目が合った瞬間、私はその存在が何かを言おうとしていることに気付いたが、恐怖のあまり駆け出してしまった。
飛び出した先でドクター・Kに出くわした。彼は静かに私を見て、「わかってしまったのか」と呟いた。彼の表情には後悔や罪悪感はなかった。ただ、かつての情熱を全て失った男の顔をしていた。
その夜の後、私は施設を去った。一切の説明を受けず、ただその存在を忘れるようにと言われ、退職した。多額の口止め料が支払われたが、私はそれを受け取らなかった。
一時は世間から隔絶された生活を送ったが、時間が経つにつれ、何かをしなければならないという思いが強くなってきた。あの存在を見たときの恐怖と同じくらい、その存在が私に訴えようとしていた何かが心を締め付けて離れないのだ。
科学が人間の領域を越えるとき、その果てに何が待ち受けているのか。私はそのほんの一端を見てしまったのだ。倫理という鎖が外れたとき、どれほど恐ろしいものが生み出されるかを。そしてそれが、再びこの世界に現れるとき、誰もそれを止めることができないかもしれない。
これは、私が目撃した真実であり、あなたに届くことを願っている。少しでも心に留めておいてほしい。あの悲鳴と、見てはならない者を見てしまった人間の声を。