禁忌の科学と逃亡者

人体実験

私は、かつてある研究施設で働いていました。それは多くの人がただの噂と片付けてしまうような奇妙な場所で、科学の限界を試すことに特化していました。場所は特定の田舎町にあって、アクセスするには許可証と幾つかの身分証明が必要でした。どちらにしても、今から語ることは信じられないかもしれません。しかし、これは私が体験した現実なのです。

私がその施設に入ったとき、想像以上に厳格なセキュリティに驚きました。入ってすぐに感じたのは、一歩足を踏み入れた瞬間から圧迫されるような息苦しい空気でした。壁にかけられたモニターは常に何かを監視しており、至るところに見慣れない機械や化学物質が散乱していました。その中で私は、研究助手として採用されました。

開始から数ヶ月は、通常の研究補助の業務を任されていました。しかし、ある日、私はある部屋に呼ばれることになります。そこは通常のラボとは異なり、冷たく人の気配を感じさせないものでした。私を呼んだのは主任研究者のドクター・Tで、彼は長い間、この分野で多くの賞賛を浴びてきた天才科学者でした。

その部屋で行われていたのは、人間を対象にした実験でした。この施設の最も機密性の高いプロジェクトであり、その中身は極秘扱いでした。ドクター・Tは得意気に、これまでの倫理規定を超越した実験の数々を説明してくれました。それは、人間の身体をどこまで改良できるかというもので、具体的には遺伝子の改変や人工臓器の移植が含まれていました。

一度、その現場を見てしまうと、私はもうそれを見過ごすことができませんでした。良心の呵責があったものの、仕事を続けざるを得ませんでした。ドクター・Tは私に次第に多くの責任を与え、新たな実験の手伝いを命じました。彼の理論によれば、遺伝子を直接操作することで人間を「アップグレード」できると言うのです。

実験対象となるのは、いずれも社会から切り離された存在の人々で、彼らはこの施設の外では絶対に語られていないような身の上を持っていました。彼らは、自らの選択でここに来たのか、それとも無理やり連れてこられたのか、私は知る由もありませんでした。話したがる者などおらず、彼らは終始無言のままでした。

ある日、実験する対象者の中に、特に目を引く人物がいました。彼はまだ若く、目はかつての輝きを失ってはいませんでした。彼は、他の者とは違って、私に話しかけてきました。「ここに来る前、私は夢を追っていました」と彼は静かに語りました。「科学が人の命を救うことができると信じていたんです。」

その言葉が私の心を深く突きました。やがて彼への実験が進むにつれ、その体に異変が表れ始めました。当初は軽微だった変化が、次第に恐ろしいものに変わって行きました。彼の皮膚は次第に鱗状になり、硬化し始めました。筋肉の発達も不自然な形で拡大し、その姿は人間のものとは言えなくなりつつありました。

ドクター・Tは歓喜していました。「これこそが我々の目指す究極の姿だ!」彼のその声は今でも耳に残っています。しかし、私は恐怖で震えていました。最終段階の実験が迫ったある晩、この若者は私のもとを訪れ、言いました。「もう戻れません。これが、私たちが手に入れた進化の結果なのか?」

その問いに私は何も答えられませんでした。しばらくして、施設内で不可解な事故が続発しました。警備の隙をつき、彼は逃亡を試みたのです。我々は捜索のためにあらゆる手を尽くしましたが、その姿を捉えることはできませんでした。施設全体が混乱する中、私はその後の結末を見届ける勇気を失っていました。

彼の脱走の後、私は恐怖に耐えきれず、その施設を離れる決心をしました。研究所を出るとき、背後で響く警報の音が私の頭から離れませんでした。この経験は科学が及ぼす恐怖の象徴として、私の心に深く刻まれました。

この件を公に語ることは許されていません。膨大な契約書と秘密保持の誓約書があるからです。しかし、あの若者のことを考えると、何も語らずにはいられませんでした。この経験から、科学が持つ可能性だけでなく、その背後に潜む恐怖についても、私たちは向き合わなければならないのです。科学が人間の倫理を超えたとき、何が起こり得るのか――その恐ろしさを痛感しました。

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