私は、その町を訪れたのは初めてだった。その地は観光地としてはあまり知られておらず、訪れる人も数少ない。しかし、私は昔から謎めいた場所に興味があり、隠れた歴史や伝説が眠るそんな場所を巡るのが趣味だった。知り合いから聞いた話によると、そこには「触れてはならない聖域」と囁かれる神社があるという。興味をそそられた私は、週末を利用してその地を訪れることにした。
その神社にたどり着くためには、町の外れにある小さな山道を登る必要があった。その道は人一人が通れるほどの細い獣道であり、案内板などは一切見当たらない。聞いた話では、その神社は昔から「災厄を封じる場所」として知られており、地元の人々からも恐れられている場所だった。誰もが近寄ることを避ける場所、それが私の目的地であった。
山道を登るにつれて周囲は静寂に包まれていき、風の音すら聞こえなくなった。不思議なことに、あたり一面には鳥の姿もなく、まるで時間が止まったかのようだった。道中、何度か引き返そうとも思ったが、どうしてもその神社を見てみたいという好奇心がそれを上回った。
山道をしばらく進むと、ようやく鳥居が見えてきた。その鳥居は古びていて、苔むしている。細い経路の先には小さな社殿があり、周囲には高い木々がまるで囲むかのように立ち並んでいた。地元の人が近寄りたがらないというのも納得の雰囲気だった。私は、一礼をしてからゆっくりと鳥居をくぐった。
足を踏み入れた瞬間、身体中に不快感が走った。それはまるで密室に閉じ込められたような圧迫感で、やや頭痛を伴っていた。ふと社殿の方を見ると、あまり手入れされていないのか、境内には落ち葉が積もり、木々に覆われた薄暗さがいっそう異様な雰囲気を醸し出していた。
社殿に近づくと、入口には古びた木製の扉が閉ざされている。扉には厳重に封印が施されており、「開けるな」という意味の文字が乱雑に刻まれていた。私はこの場に至るまでの経緯を一瞬後悔した。しかし同時に、ここまで来たからには何かを目にしなくてはという思いで溢れていた。
その時、足元にふいに視線を感じた。見ると、小さな黒猫が私をじっと見上げていた。どこから現れたのか、それとも最初からそこにいたのか分からないが、猫は何かを伝えたいかのように私の周囲を歩き回っていた。不思議なことにその猫には違和感があった。まるで砂のようにきらきらと光る毛並み。結局、その猫が何を意味しているのか気づくことはできなかったが、なんとなくその場を立ち去る方が良いという気持ちだけが高まってきた。
ふと、背後からざわめくような音が聞こえた。慌てて振り返ると、何も異変はなかったが、鳥居の辺りから得体の知れない気配が漂っていた。急に寒気がして、これ以上ここにいることは危険だと思った私は、感覚に従いその場を後にすることにした。
帰りの道中、山を下るにつれて体の重さが軽くなり、再び現実の世界へ戻ってきたかのような安堵感に包まれた。しかし、あの神社の不気味な雰囲気と、不思議な黒猫の姿が今でも頭から離れない。地元の人々がなぜあそこを避けるのか、肌で実感することができた。
帰宅後、知り合いにその体験を話すと、彼は厳しい顔つきで「だからあそこには行くなと言ったんだ」と諭した。どうやら、その神社は何世代にもわたって地元で語り継がれてきた「禁忌」の地であり、あの場所に不必要に立ち入ることは接触してはならない霊的な存在と関わってしまうリスクがあるのだという。
その後、私が実際に目撃したことが何であったのかは不明のままだ。ただ、一つ確かなことは、あの神社での異質な体験が私の中で大きく響き、その地を二度と訪れることはないだろうということだ。何かを見たとは言えないが、あの神社が持つ神秘性と禁忌の力を少しでも感じ取ったことは間違いない。こういった場所には、やはり慎重になるべきだと感じた。一歩触れれば、我々の想像を遥かに超えた世界が広がっているのかもしれない。
あの黒猫が、何を意味していたのか、それを知ることができる日は来るのだろうか。たまに思い返すたびに、その謎は深まりを増していくばかりだ。私にできることは、その地にもう一度近づかないこと。それがあの場所への、そして禁忌に足を踏み入れたことへの、最低限の敬意なのかもしれない。