禁忌の神社と鏡の呪縛

霊場

深い山の奥に、その神社はあった。村の古老たちによれば、そこに存在してはいけないとされる、触れてはならない場所だった。訪れる者は少ない。道は険しく、途中で引き返す者も多かった。しかし、その神社に惹かれる何かがあるのかもしれない。若さゆえの好奇心、それとも見えない力に引き寄せられるのか、時折とある者たちが訪れて、不思議な運命をたどることがある。

清人は、その禁忌の地について何も知らないまま、ただ古びた地図と共に山を登っていた。古美術に詳しい教授の、価値ある遺物が眠っているとの話を信じて。友人たちは留まるよう警告したが、彼の心には探求の炎が燃え盛っていた。彼が見た地図は、かつてある僧侶が記したもので、その僧侶自身が二度と戻らなかったとも言われている。だが、清人は何も怖くはなかった。彼は未知の領域を探ることが神に近づく行為だと信じていた。

薄霧に包まれた山道を進むごとに、彼は不気味な予感を抱くようになった。木々の隙間から見える光景は、次第に人間の領域からかけ離れたものであると感じられた。自然の音が消え、鳥の声すら聞こえない。その沈黙は耳をつんざくようなものだった。まるで大地そのものが何かを隠そうとしているように思われた。

ようやく昼過ぎに彼は目的の神社にたどり着いた。杉木立の中にひっそりと立つその姿は、壮大でありながらも恐ろしい雰囲気を醸し出していた。苔生した石段を上がると、彼は目の前に広がる鳥居とその奥に控える社を見、言葉を失った。その場には時間の感覚が消え失せ、いつ来たのかもどこへ行くのかも分からぬ境地に陥った。彼が知らぬ間に、何かが彼を迎え入れたのである。

社の周囲をゆっくりと歩いていると、急に冷たい風が吹き抜け、彼の頬を打った。瞬間的に背筋に寒気が走り、彼は小さく震えた。「確かに、何かがいる」そう彼は直感的に思った。しかし、彼は好奇心に逆らうことができず、それを確認しようと廃れた社の隅に向かった。

中には、古びた神具や破れた経巻が乱雑に置かれていた。ずっと触れられていなかったかのように、埃が厚く積もっている。彼は慎重にそれを取り上げ、光を当てて見ようとしたが、何一つ理解できるものはなかった。ただ一つの石板だけが、彼の意識を強烈に引き付けた。

「何故…こんな所に…」彼は呟きながら、その石板に施された文字を仔細に調べた。それは暗号のようであり、また呪文のようでもあった。彼の頭の中で何かが囁くのを感じた。「触れるな、見るな、帰れ…」その声は次第に大きくなり、彼を支配していった。しかし、彼の根底にある探求心は、それすらも押しのけ、更に進むことを選ばせた。

石板を元に戻し、彼は奥の部屋へと足を踏み入れた。そこには、一枚の古い鏡が掛けられていた。思わず彼は近づき、自分の姿を映した。だが、鏡に映ったのは彼の姿ではなかった。そこには無数の人々が写っており、彼らは口々に何かを叫んでいる。耳を裂くような叫び声が、彼の頭に直接響く。恐怖と理解不能な叫びの中で、彼はその場から退くことすらできなかった。

やがて、鏡の中の人物たちが彼の名を呼ぶのを感じ、彼は自分を失いそうになった。その瞬間、彼の背後から微かな声が聞こえた。

「ここは、あなたが来るべき場所ではないのです。」

振り返ると、そこには透けるような姿の老人が立っていた。その目は清人を見据え、確かな意志を宿していた。老人は彼に近づき、静かに告げた。

「多くの者が戻らなかった。それは、この鏡に囚われた。そして、今、あなたもその境界にいる。」

恐怖の中で、彼は必死に尋ねた。「どうすれば…戻れますか?」

老人は静かに微笑み、不思議と温かさを感じさせた。そして、手を差し伸べながら語った。「自らの意志を持ち、目を閉じなさい。そして元の道を思い描くこと。そうすれば、道は自然と開かれるでしょう。」

彼は言われた通りに、目を閉じた。しかし、心の中の不安と恐怖は消えることがなかった。その時、彼の意識は一瞬のうちに飛んだ。気がつくと、彼は山を下りている途中であった。日差しは弱く、風は穏やかだった。

神社はどこにもなく、山の景色が広がっているだけだった。彼はすぐに地図を取り出し、再度確認したが、どうしてもその場所を見つけることはできなかった。神社が消えたとしか思えない。彼は夢のような感覚で、その場から去ることを選んだ。すべてが幻だったのか、それとも…

清人はその後、二度とその神社の話を口にすることはなかった。触れてはならない聖域に足を踏み入れたことで、彼には何かが欠けてしまったのかもしれない。そして彼の心の中には、あの鏡に映った叫び声が永遠に響き続けることとなった。禁忌を犯した者が背負う運命、そのことを彼は身を持って知ったのである。

タイトルとURLをコピーしました