【視点1: 大学生の健太】
普段は都会の喧騒の中で暮らす僕、健太は、友人たちとともに夏休みを利用して、田舎の山奥にある神社へと観光にやって来た。この神社は地元では「触れてはならない聖域」として知られている。古くから伝わる伝説によれば、境内に足を踏み入れた者は、決して戻って来ないと言われている。しかし、都市伝説に詳しい友人の一人がその話に興味を持ち、僕らは皆で訪れることになった。
神社に到着すると、その佇まいはまるで時間に取り残されたかのように静寂に包まれていた。苔むした鳥居をくぐり、杉木立の中を進むと、次第に陽の光が薄れ、ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。神社の本殿は木々の間から姿を現し、その周囲には無数の古い石灯籠が並んでおり、まるで何者かを見張っているかのようだった。
友人たちと神社を一通り見学した後、僕らはちょっとした肝試しをすることにした。夜、境内に一人ずつ入り、神社の奥まで行ってから戻って来るというものだ。僕は全く気が進まなかったが、みんなの手前、断ることもできず、結局最後に出発することになった。
【視点2: 地元住人の老人】
私はこの村に長く住んでいる老人だ。この神社については、口さがない若者たちが何も知らずに肝試しをしようとするたびに、思わずため息をついてしまう。だが、神社の本当の意味や、なぜ「触れてはならない」と言われているのかを今更語ったところで、彼らは信じないだろう。
この神社には、人々が知らない恐ろしい過去がある。我々の祖先が、ある「異形の神」を封じるためにここに神社を建立したのだ。彼らは神の怒りを鎮めるため、生け贄を捧げるという、今では考えられない方法でその場を沈めた。そして、本殿の奥には、封印の儀式の痕跡が残されていると言われている。
日が落ちると、私は村の外れにある丘にひっそりと佇む神社を見上げながら、心の中でそっと願う。どうか愚かな者たちが、その封印を乱したりしないように、と。
【視点3: 友人の美咲】
初めは興味本位で来たけれど、神社の中は想像以上に不気味だった。夕方には境内を歩き回り、少し落ち着いてから肝試しを始めた。私は二番目に行くことに決めた。暗闇の中を、一人で歩きながら、本殿の奥に辿り着く。ふと背後に気配を感じて振り返るが、そこには何もない。冷たい汗が背中を流れた。
それでも私は怯まずに、そのまま来た道を引き返すことにした。その時、不思議なことに、本殿の背後からかすかな歌声のようなものが聞こえたような気がした。まるで、何かが私を呼んでいるかのようだ。
怖くなって早足で戻ると、仲間たちは半ば興奮して私を迎えてくれた。自分の番が来るたびに異様なことが起きたと話す友人たちの顔には、奇妙な高揚感が見え隠れする。しかし、その後に続く健太の姿は、どこか不安と恐れを含んでいるようだった。最後に彼が向かっていくのを見送りながら、なぜか嫌な予感が胸をよぎった。
【視点4: 友人の翔太】
健太が出発した後、僕たちは談笑していた。だが、時間が経つにつれて、彼が戻ってこないことに気付き始めた。最初は違和感程度だったものが、次第に不安へと変わり、やがて恐怖にまで至った。
どうしようもない不安に駆られ、皆で探しに行こうとしたとき、村からひとりの老人がこちらに歩いてきた。彼は我々に向かって、ここは安易に足を踏み入れるべきではない場所だと告げた。その言葉に、僕たちはただうなずくことしかできなかった。
やがて深夜を過ぎ、私たちは誰もが口を開けなかった。帰る方法もわからず、ただひたすらに健太の無事を祈り続けた。しかし、朝になっても彼が戻ることはなく、僕たちは心に言葉にできないほどの罪悪感を抱えたままこの地を去ることになった。
【視点5: 真相】
健太が踏み入れた本殿の奥には、古い姿見があった。誰も触れることのなかったその鏡に映し出されたのは、彼自身の姿。それは一瞬にして彼を別の世界に捉えた。彼は知らない土地に立っており、背後から誰かの声が響いた。「戻してやるかわりに、代償を払え。」その声は古くから封じられた存在のもので、神の姿を借りた「異形の神」だった。
健太は仲間を思い、不安と恐怖を抱えながら交渉を試みた。その結果、彼は帰ることができたが、その記憶は残らない。ただ、彼の心の奥に残された原始的な恐怖感のみが、現実世界で彼を蝕むようになった。
そして、あの神社には二度と戻ってはならないという誓いを守り続けるのだった。それがたとえ、健太自身がその理由を知ることができないのだとしても。彼だけが知らずに触れてしまった禁忌の記憶は、村人により再び深く閉ざされ、神社は再び静かに、その存在を目立たせることなく時を刻み続ける。