山間の深い森に囲まれた静寂な地、そこにひっそりと佇む古びた神社があった。その神社は、村人たちからは「触れてはならない場所」として畏怖されていた。誰ともなく、その土地に関する忌まわしい伝説が囁かれていたが、村人たちは決して詳しく語ろうとはしなかった。彼らはただ、そこに近づくことを固く禁じていた。
神社までの道は、苔むした石畳の山道をひたすら歩いた奥にあった。道中には、幾度となく倒れた石灯籠や、今にも崩れ落ちそうな鳥居が点々としていた。それらは、まるで訪れる者を拒むかのような不気味さを漂わせていた。
ある霧の深い夕暮れ、都会からの帰省者である青年、修司(しゅうじ)が、その禁じられた神社に足を踏み入れようとしていた。彼は幼少のころから語り継がれるこの場所の伝説に秘かな興味を抱いていたのである。
「何が禁じられているのか、この目で確かめないと気が済まない」と彼は思い、意を決して石段を登り始めた。周囲には誰もおらず、ただ風が木々を揺らす音だけが響いていた。懐中電灯を手に進む彼の心には、不安と興奮が入り混じっていた。
石段を上りきると、そこには思った以上に大きな社殿が姿を現した。屋根には常に湿気を含む苔が生い茂り、扉は長らく開かれた形跡がないように見えた。それでも修司は、その扉を押してみようとそっと手を伸ばした。
すると、ギギギと鈍い音を立てて扉は思いの外容易に開いた。その瞬間、冷たい空気が彼の頬を撫で、背筋をぞくりと凍らせた。中に入ると、埃が立ち込め、かすかな甘い香りが漂っていた。
社殿の中央には、大きな木製の御神体が鎮座していた。それは見る者に威圧感を与え、修司は思わず後ずさりそうになった。しかし、目を凝らすと御神体は、普通の神像ではないことに気づいた。それは、何かを含み笑うような表情をしているのだった。
「まさか、これが禁じられている理由なのか」と内心の驚きを抑えつつ、彼はさらに奥へと進んだ。そこには、何かがありそうな気がしてならなかったのである。
ふいに、背後で扉が閉まる音がした。振り返ると、そこには妙に冷たい目をした女性が立っていた。彼女は、どこか異様な雰囲気を醸し出しつつ微笑んでいた。修司は言葉を失い、彼女と目が合ったまま固まってしまった。
「あなた、ここで何をしているの?」彼女の声は透き通るようで、しかしどこか不気味な響きがあった。
修司は口ごもりながらも、「この神社のことが気になって……」と答えた。
すると、彼女は穏やかな笑みを浮かべながら一歩近づいた。その瞬間、修司の体が金縛りにあったかのように動かなかった。彼女の手が修司の肩に触れると、彼は旧友に会ったような安堵感に包まれた。
「こちらへ来て」と彼女の声に導かれるまま、修司は抵抗することなくその場を離れた。どこに連れて行かれるのかもわからぬまま、彼女に従うしかなかった。
やがて、彼らは神社の奥にある小さな庭に出た。そこには苔生した石垣と枯れた池が広がり、その真ん中にはひっそりと石碑が立っていた。彼女は石碑の前に立ち、修司に語りかけた。
「この石碑には、この地に祀られた神のことが書かれているわ。でも、誰もこの神に触れてはならない。それが、この地に伝わる禁忌だから」
修司は、彼女の口から語られる話にただ耳を傾けていた。すると、彼女が指さした石碑には、確かに古い文字が刻まれていた。「ここに祀られし者、決して触れることなかれ」と。
その時、修司は突然の寒気を感じ、彼女から目を逸らした。そして気づいた時には、彼女はどこにもいなかった。庭には静寂が戻り、再び風がさびしく木々を揺らし始めた。
不思議な感覚と疑問を抱えたまま、修司は神社を後にした。彼が村に戻ると、彼の姿を見て驚く者がいた。彼らは修司の顔を見るなり、驚愕の声をあげた。「まさか、もう会ったのか?彼女に。」
それからというもの、修司はこの神社の訪れを後悔し続けた。時折、彼はふとした瞬間にあの女性の面影とその声が頭に響くのを感じるのだった。「こちらへ来て」という彼女の誘いの声が、まるで呪いのように。彼の心の奥に刻まれた禁忌への触れ合いは、この先も消え去ることはなかった。