祠に消えた親友と異界の記憶

神隠し

ある村で、私の幼少期が過ぎ去った。山に囲まれたその村では、よく「神隠し」の噂が立ったものだった。私の名は健二。1980年代の初め頃、私は小学校の低学年で、その村に住んでいた。

その当時、私の親友だったタカシが神隠しに遭ったと言われた。確かあれは、夏の終わりのことで、日中はまだ蝉の声が響いていた。私たちはいつものように、学校が終わると村のはずれにある雑木林へと向かった。

雑木林には小さな祠があった。村の大人たちは、あの祠には絶対近寄るなと、いつも言い聞かせていたが、好奇心旺盛な私たちはその忠告など耳を貸さなかった。その日も祠の周りで遊んでいた。すると突然、タカシが祠の方を指差して叫び始めた。「何かが祠の中で動いている!」と。

好奇心に駆られて、私たちは祠に近づいて行った。薄暗くて中はよく見えなかったが、確かに何かが動いているように見えた。タカシはもっとよく見ようと祠の奥へ入っていった。私は少し怖くなって後ずさりした。そして、何か奇妙な音が聞こえてきたと思った瞬間、タカシの姿が消えた。

「タカシ?」と呼びかけても、応答はなかった。あの瞬間、タカシはただの草むらの中に消えてしまったのだ。その場には私しかおらず、あまりの衝撃に言葉も出なかった。

村の捜索隊がすぐに組まれたが、タカシは見つかることはなかった。大人たちは「祠の神が連れて行った」と言い、「祠に近づくな」と改めて言い聞かせた。私自身も恐怖に打ちのめされ、もう二度とあの雑木林には近づかないと決心した。

何年かは平和に暮らしていたが、成人して久しぶりに村を訪れる機会があった。まだ若干不安な気持ちもあったが、懐かしさに駆られて例の祠を訪ねてみることにした。

雑木林は昔と変わらず、あの祠もまったく変わっていなかった。不気味さは相変わらずだったが、大人になった自分にとっては幼少の頃と違って多少の勇気があった。祠を見下ろしながら、懐かしさと共に何故か強い引力を感じ、中に入ってみることにした。

中は薄暗く、湿った空気に包まれていた。不意に背後から声が聞こえた。驚いて振り返ると、それは間違いなくタカシだった。20年以上歳を取らないまま、その頃の姿のまま、そこに立っていた。驚きと恐怖のあまり、声が出なかった。

タカシは穏やかに話しかけてきた。彼はここでずっと待っていた、でも戻れない、戻ったとしても「何かが違う」と言った。そして「もうすぐ迎えが来る」という謎めいた言葉を残し、彼の姿はふっと掻き消えた。

夢のようで、その後私はふらふらと祠を出た。村に戻る途中、全てが一瞬にして激しく現実に引き戻される感覚に襲われた。周囲の景色がまるで歪んで見え、頭が割れるように痛くなった。村に戻ると、どうも様子がおかしい。家に戻ると、自分の家族なのに、彼らの目が何か違って見えた。

その出来事以来、私は自分が異界に連れて行かれたのではないかという恐怖に苛まれ続けた。タカシが言った「何かが違う」が何を指しているのか、最近は少しずつ分かってきた。自分の生活の中の、何もかもが少しずつ「ずれて」いる気がしてならない。歯車が噛み合わないような奇妙な感覚。

私の名前、本当の両親の顔、あの日常の日々が、じわじわと崩れ落ちていく。戻ってきたけど、どこか違うこの世界で、私は次は「何が待っているのか」を考えないようにして生きている。

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