その日、旅人は森深き山間の隠された村へと足を踏み入れたり。天より舞い降りたる者か、そうでなくとも彼の者が訪れることは定められし運命なりけり。村は名を持たず、外界の地図には記載されざる集落として在たり。彼の者は霧深き森の中、迷い来たりし道程の果てに村の門を叩くこととなりぬ。村の者達は彼を迎え入れ、彼に手を拱きては言う、「この地に辿り着きしは偶然にあらず、古より伝わる定めなり」と。
その村には古より不変の風習あり、村全体を覆う影のごとき存在。それは神秘的にして不可解、村の者以外には理解し難し、されど何者も否むこと能わず。村人らは異口同音に「彼方より来たる預言者」と囁き、また、「訪れし者が村の安寧を守護し得るか否かは、祭りし儀式にて示されるべし」と語りぬ。
儀式の夜、月輝きて村を見守るが如く、その光おぼろげにさす。旅人は村の中心に連れられ、そこで古の神々に捧げらるる祭壇を見る。祭壇は石にて造られ、苔むし乾きたる面はただ時の流れの証なり。村人らは大地より掘り出されし土〔つち〕の器に、聖なる者とされた動物の血を満たし、蒼き炎を灯せり。その炎、嗚呼、何たる神秘なるか、まるで天の意思を示すが如く、幾重にもその色を変えたり。
村長は言う「この村を守るは古の契約、犠牲と奉仕をもって神の怒りを鎮めるものなり」と。旅人は為す術もなく、その場に立ち尽くすのみ。その瞳にはただ畏怖と混乱のみが宿り、鼓動はついに静けさを失いし。
村の者達はそろって詠えり。声は天に届くべく、重なり合い、一つの調べを成しぬ。その時、黒き影が如き霧が村を覆い、旅人の視界を奪えり。霧の中に響く声は哀切なり。されど、その意味はただ村人のみに理解される。
やがて、霧より現われし影あり。それは人の姿にて在りても、また人とは異なりし形なり。旅人の心魂は揺るぎ、足元すら覚束なくなるを感じえず。その者こそ、村人達が心の底より恐れ敬いし神の化身なれば。
旅人は声を出だすことすら叶わず、黙して神の意を問う。そしてその時、神は柔らかなる声にて彼の者に告げぬ。「汝が此処に至りしはただの因縁にあらず。選ばれし汝は我が声を天下に示す者なり」と。
かくて、神の化身は旅人に村の汚穢を清め、新たなる契約の証たらんことを命じたり。村人は彼を信じ、崇め奉る。されど旅人は悟らず、己が宿命の重さに耐えられぬと嘆きぬ。神の意志を、彼はついに成すべしと知りぬ。
月は天高き彼方にて旅人を見下ろし、星は彼を導かんとして静かに輝きたり。その夜、旅人は祭壇の傍らにて、村の者らと共に神の教えを写し、石となりし言葉を携えし者となる。村はまた新たなる時代を迎え、神の加護の下に静穏を保ちぬ。
嗚呼、旅人はすでに村の者として受け入れられ、村の風習や伝統に包まれながらその生を全うせり。村の平和は保たれ、伝説は語り継がれる。この歴史の小さき断片、語り手の言葉にて未来の者に告げられん。
だが、村外れの森に立ち止まり、風の音に耳を澄ませる者は知るであろう。村に秘められし深き謎は、未だ完全に明かされることなく、旅人の物語を人々の心に刻み続ける。彼の者が旅立ちし後も、神の契約の影は村の背後に潜み、終わりなき時の流れの中で息をひそめたり。神の意志は、いまだ人知を超え、人々の信仰と畏怖の深淵に潜み続けるなり。