私は大学で民俗学を専攻している学生で、今年の夏休みを利用して特異な風習を持つとされる山間の小さな村を訪問することにしました。村の名前は控えさせていただきますが、その場所は地図にも載っていないような、本当に世間から隔絶された場所でした。
出発の日、私は都会からバスを乗り継ぎ、最終的には地元の人しか知らないような道を進むボロボロの小さなバスに乗りました。長い山道を進んだ後、ようやく着いたその村は、ちょうど日が沈む頃で、あたり一面にオレンジ色の光が広がっていました。
村に到着してすぐに、私は何か異様な雰囲気を感じました。村人たちは皆、見知らぬ人が来ることに驚いた様子で、じっとこちらを見つめていました。特に何も言わず、視線だけ送るその様子に、少なからず不安を感じました。私は村の唯一の宿泊施設となっている古びた民宿に行き、宿泊の手続きをしました。
その夜、宿の女主人が夕食を出してくれました。簡単な地元の料理ですが、素材の味が生きていてとても美味しかったです。しかし、食事中ずっと、背後に冷たい視線を感じていました。振り向いても誰もいないのですが、どうにも気味が悪い。
その時、女主人が私に話しかけてきました。「ここに来る人は珍しいわね。何か興味あるものでも?」彼女はにこやかに尋ねました。私はこの村の特異な風習について研究していることを正直に伝えました。すると、女主人の顔が一瞬緊張したように見えたのですが、すぐに元の笑顔に戻りました。
次の日、村を歩いて調査を開始しました。古い神社、奇妙な形の石の置物、そして村の中心にそびえる古木など、どれも不思議な魅力を感じさせるものでした。しかし、村人たちは私にはほとんど話しかけてこず、遠巻きに様子を伺っているだけでした。
午後になり、私は村の外れにあるという「供物の祭壇」についての噂を思い出し、そこに行ってみることにしました。道は細く、途中からはまるで獣道のようになりました。進むにつれ、不安感は増していきましたが、何かに引き寄せられるように足を止めることができませんでした。
しばらく歩くと、森の中にぽつんと開けた場所が見え、その中心に古びた石の祭壇がありました。その祭壇には、何か不気味な動物の骨や、見たこともないような植物が供えられていました。背筋が凍りつくような光景だったのですが、さらに奇妙なことに、その場に立っている間だけ時間が止まったような感覚に襲われました。
その後、宿に戻った私はひどい疲労感を覚え、すぐに眠りに落ちました。しかし、夜中に奇妙な音で目が覚めました。窓の外からは、誰かが言葉を発するような低い声が聞こえます。しかし、まだ半分夢の中にいるような感覚で、体が動きません。私は怖くなり毛布をかぶってやり過ごしました。朝になると、そんなことは夢だったのか現実だったのかわからなくなりました。
翌日、村を離れる前にもう一度村を見て回ることにしました。不思議なことに、村人たちは前日までとは違い、私に微笑みかけ、明るく挨拶をしてくれるのです。まるで、私がその村の一員になったかのようでした。理解が追いつかないまま、私は村を後にしました。
バスの中で振り返ると、村は朝もやの中にかすみ、今までの出来事がすべて幻だったかのようにも思いました。しかし、不思議なことに、あの祭壇の様子を思い出すと、体の中にぞわぞわとした感覚が残ります。
都会に戻った私は、この出来事をどう解釈すれば良いのか分からずにいました。友人たちに話しても、誰もが作り話か夢の内容だと笑うだけです。しかし、あの村が現実に存在し、そこで私が何か得体の知れないものに触れたのは確かでした。
それ以来、私は時折、背後に誰かが立っているような気配を感じることがあります。その度に、あの村で感じた視線と同じものを思い出します。それは、研究者としての私にとって、禁断の地への招待状だったのかもしれません。
この体験が私にとってどのような意味を持つのか、未だに結論は出ていません。しかし一つ言えるのは、あの村では、見えない何かが日々を支配している。よそ者には理解できない、あるいは理解してはいけない何かが、確かにそこに潜んでいるということです。