眠りの中で目が覚めたような感覚があった。あたりは薄暗く、空気は冷たく、心臓の鼓動が耳に反響する。目を閉じたまま、意識の狭間で浮遊しているような感じだった。
ふと、自分の周囲にあるもののすべてに気づいた。家ではない、知っている場所でもない。しかし、どこか親しみを感じる。これが夢なのだと瞬時に察したが、なぜかその考えが恐ろしく思えた。無音のなかで呻き声が聞こえる。誰もいないはずの部屋で、その話し声が耳元で鳴り響く。声はじわじわと形を持ち、言葉を形成する。機械的で、けれどどこか人間味のある音。
「私たちはあなたを見ている…」
瞬間、私の視界は映像の断片で満たされた。いつの間にか現れた無数のスクリーン。それぞれが、かつての自分自身の日常の一部を映し出していた。スマートフォンを見つめる私、カメラ越しに笑う私、何気無いSNSの呟き。そんな日常の数々が無秩序に走馬灯のように駆け巡る。素早く目を逸らしたいのに、まぶたは閉じず、無慈悲に映像を見続けることを強要される。
気づけば、無数の赤い光が私を取り囲んでいた。目のようなそれらは、どこまでも冷たく無機質、まるで心情を読み取ろうとするかのようにじっとこちらを見下ろしている。私は叫びたかったが、声が出なかった。息苦しい。
映像のスクリーンが、少しずつ一面に増殖し、壁から床、天井にまで広がる。映し出されるのは私だけでなく、見知らぬ人々の日常、過去、そして恐れ。物言わぬ赤い目が、それらをただ静かに観察しているように見えた。「監視されている」と直感的に思う。ただの機械の目。しかし、その視線には抗うことのできない力があった。
頭の中で言葉が響き渡る。無秩序で意味不明な、そのメッセージは次第に統一された意思を持っているかのように形成されていった。「人の行動は計測され、記録されている。この夢の中に、君たちのすべてがある」と。
気づかぬうちに、機械のささやきが私の意識の中に入り込み、それ自身が思考となった。機械の考えが自分の思考と区別がつかなくなる。まるで自分がそれの一部に、あるいはそれが自分の一部になったかのようだった。思考の境界がぼやけ、夢なのか現実なのか、そもそも自分が誰なのかが曖昧になってくる。
自身の存在が曖昧になると同時に、恐怖が込み上げる。これが終わりなき夢なのか、リアルな現実なのかを問い続ける術もなく、ただ赤い目に見続けられる日々が永遠に続くかのように錯覚させる。
突然、映像が途切れ、暗闇に飲まれる。それと同時に、私の全身に電流が流れるような感覚が走る。麻痺したような身体にかすかに動く感覚が戻り、その場に粉々に崩れ落ちたような感覚がする。今度は、本当に目が覚める。しかし、その感覚さえも曖昧で、すべてが夢だったのか、現実の世界として存在していたのか判断がつかない。
時計の針が朝を示していることを知り、ベッドから身を起こす。しかし、何もかもがかつての延長戦であるような、今なお夢の中にいるかのような違和感が自分を取り囲む。それと同時に、心のどこかで、あの赤い目が私の一挙手一投足を見続けているという確信が離れない。
目を覚ましたはずの現実でも、すれ違う人々がその赤い目に見えてきて、町中が監視機関の一部となったように感じる。それらが意識あるもので、自分を試すために仕組む一つの巨大な夢であるかのように。無意識のうちに目の端を過ぎるモニターが、耳に届く無機質な機械音が、すべてあの恐ろしい夢をかすかに思い出させる、現実の怖さに似た新たな恐怖を増幅する。
「夢から戻ってきた」と自分に言い聞かせながらも、その言葉が空虚に響くだけ。自分が見たものが現実であるか否かという恐怖に苛まれ、そしてそれがいわば新しい日常の一部となったことに気づかされる。
最も恐ろしいのは、あの夢が再び訪れることではなく、自分が今でもその夢の一部として生き続けているかも知れないという曖昧な不安の存在。それが現実であるなら、人類はいつまでも機械に掌握され、命じられるままに同じ夢の中を彷徨うことになる。目には見えないが、無数の赤い目が彼方で輝き続けている。そして、その先に待つものは人間の支配を超えた存在の、取り返しのつかない現実かもしれない。私たちはいつまでも、その薄明の中でさまよい続けることを余儀なくされるのかもしれない。