白い影の旅館再生物語

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ある夜、私は友人のタカシから電話を受けました。最近手に入れたという古い建物について話したいというのです。タカシは不動産業者で、古い建物を買い取り、修復して販売することを生業としていました。その建物は地方の山間部にあり、昭和初期に建てられた大きな旅館だったとのこと。一見、儲かりそうにも思えない物件でしたが、周囲の自然環境と独特の雰囲気が気に入り、何とかなるだろうと軽い気持ちで購入したとのことでした。

私は週末にその旅館を訪れることにしました。タカシの話す様子が妙に神妙だったので、何か不思議なことが起きたのだろうと想像していました。車を走らせ、目的地に近づくにつれて道が狭くなり、周囲は木々に囲まれて薄暗くなっていきました。ようやく到着すると、そこには確かに古びたが堂々とした佇まいの旅館がありました。建物は長い年月を経たことで、風格を感じさせる一方で、どこか物悲しい雰囲気も漂わせていました。

タカシが出迎えてくれ、早速内部を案内してくれました。内部は朽ち果てている部分もありましたが、意外にも保存状態は悪くなく、昭和初期の古風な家具や装飾がそのまま残されていました。「再建すれば良い価値が生まれる」とタカシは意気込んでいましたが、その表情はどこか冴えないものでした。

その夜、宿泊することになり、二階の一室で眠りにつきました。しかし、夜中にふと目を覚ますと、何か奇妙な音が聞こえてきました。最初は風の音かと思いましたが、それは確かに人の囁き声のような微かな音に混じった何か不気味なものでした。一瞬、金縛りにでもあったかのように身動きできなくなりました。そこで私はなるべく静かに呼吸を整え、音の出所を探ることにしました。

音に導かれるままに廊下を歩き、階下へと向かいました。その時、古びた廊下の先に、白い影が見えました。それはまるで現実のものではないようでしたが、確かにそこに佇んでいました。私はその場に立ちすくんでしまいました。こんなことはあり得ないと、自分に言い聞かせようとしたその時、影はふっと消えてしまいました。

急いでタカシを叩き起こし、今見たことを話すと、彼の顔色が一変しました。「やっぱり、君も見たのか」と囁くように言い、妻には話せずにいたが、誰かに聞いてほしかったのだと打ち明けてくれました。タカシもまた、ここで何度か見たことがあるというのです。白い影を見始めてからというもの、夜にはひとりでこの旅館にいることが怖くなったと。

翌日、私たちは地元の古い住人に話を聞きに行きました。そこで聞いたのはこの旅館のかつての持ち主についての物語でした。戦後、旅館を経営していた一家の息子が戦地から帰らぬ人となり、その知らせを受け取った母親が長年にわたりこの場所で待ち続けたということ、遂には精神を病み、ある日忽然と姿を消してしまったというのです。その母親の姿が、今でもこの旅館に現れると言われているそうです。

話を聞いた後、再び旅館に戻り、私はタカシに思い切って話しました。「この旅館がどんな過去を持っているにせよ、きっと新しい命を吹き込むことができるはずだ」と。タカシはしばらく黙っていましたが、やがて微笑みました。「そうだな、過去に縛られずに、この場所に新しい思い出を作ろう」と。

その後、タカシは地元の職人たちと協力し、この旅館を再建しました。私も何度か手伝いに行き、一緒に作業を進めました。工事が進むにつれて、あの不気味な影を見ることはなくなりました。そして数ヵ月後、旅館は見事に生まれ変わり、再び営業を開始しました。

この体験は、あの旅館を訪れる度に鮮明に思い出されます。恐怖と不思議な魅力、そして過去からの解放という一連の経験が、私たちに何か大切なメッセージを伝えてくれたのかもしれません。今では、この旅館は多くの人々に愛される温かい場所となり、私も時々そこを訪れては、あの静かな山間の風景を楽しんでいます。時には、隣に佇む白い影のことを思い出しながら。

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