疫病「タラシウム」と終わりなき闘い

感染症

彼の地に、黒き風の如く、疫病の来たる。其の名を「タラシウム」と謂ひ、多くの魂を喰らひて導く。儀式なすより始まる悲劇の序章、死者の国より戻る異形の者共。人々は畏る、狂ひて変ずる仲間の姿を。記せし者、異界の賢者か、邪悪の予言者か。

彼の朝の未だ涙に染まる夜、村の奥深き社にて異声音、厭わしき響き。其の音に耳傾ける者無し。されど、やがて村に蔓延る奇なる病、肉体を枯らし、生者を異者に替ふ。其の者、見ること叶わず、声絶へ、人々の間に恐れを撒く。震ひたる村人等、逃ぐる道無し。

「シカト、ヤマニコシフル、オオシナラマシ」という声、耳に響きて消ゆ。夜毎、幾たびも。人々は怯え、集いしは無為なり。社の奥へ、一人、また一人と消ゆ。語るべからず、禁忌の名を口にせず、狂人と化すは日常のことなり。

村の長老、賢慮の者、振り絞りて語る。「この穢れある土地を潔めん。昔の儀、忘るる事無き宿命なり」。若者等、皆の命を背負ひ、暗き山に入る。彼の日彼岸に、二度と戻るを知らず。暗黒の影、彼等を覆ひ、道無き道たる。

彼等が辿るは幽世か、常世か。道脇の影、彼等を狙ひ、ささやく。「コホフス、イシナラエ」。重き呪文の如し。それ知らぬ間に染み入るは、魔性の囁きなり。若者の一人、知恵ありと自負する者、櫛を磨り切らせ、異音を払ふ。

されど太古の力、侮る事無かれ。汚れし大地にて、死者の舞ひ戻る理由あり。彼等の思ひ、山の果てに達するや、闇の中より、異形の者あらはれ出づる。其の様、見るに耐へず、目を剥き手を引き裂く。生ける屍の境なき逆襲。

一人、また一人と失ひし仲間の魂、救ふ術無く、逃げ惑ふ余地も無く。身を飾れど、忌むべき運命。一行は異形の巣たる洞窟に至り、異なる光に包まる。中央に、不死の祭壇あり、其の頂にうねる因果。「タラシウム」、名を刻む光輪。

光の剛きは破られし絆。狂気の笑ひ声に崩れる邪なる契約。止むを得ず、未来の知識を以て苦しみを織り交ぜ、再度生まれ出づる疫。残された者、若者等、手を携へ苦しく昂ぶる。そして、知る。彼らの使命は、この不条理なる世界を閉じ込める事に他ならず。

囁かれし魔の言葉は繰り返されし。解されぬ者は炎に焼かれ、影に追はれ、疾うに命を絶やさる。けれども、残された者共、心の剣を研ぎ澄まし、再度訪れるであらむ黄泉の淵を防ぐべく、秘術を選ぶ。

この世の終わりて無く、汗と涙の贖ひにより、人知らぬ儀式、尚存へる。悪夢の様を言葉に尽くさず、拝み憎まる暗き山々の記録。命持てる事を諸共に讃え、恐るべき魂の交わりにけりて未来会へ。

夜闇、風の音だけが残りたり。輝き護る者は無く、異形の影、一匹一匹と消え行く。無に帰する世の片隅に、生の灯は揺らぎ、彼方より一筋の光が差し込み、何も無き地へ蘇る。然して、命在る者の笑ましき姿をよぎらへば、また新たなる脅威をかくも期待せん。

語られしこの記は深く尽きず、誰も読み解かる事叶わず。それは、終り無き夢の如き物語。魂を賭して守りし地は、再び厳重に眠り、彼の来世絶やさぬ事なけれ。永久の輪廻に弄ぶ我らが罪、変わり行くのは時間に匂ひ立つ死の香りのみ。

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