忌まわしき時代の果て、地の深き淵に隠されし禁忌の地、研究所と名を賜りし館あり。常世に非ず、常識の理を逸したる場、彼の所には少人数の学士達、己の理を追い求むる者共ぞ集いぬ。彼らが求むるは、知の極限にありて人の宿命をも覆すべき力、科学の名を冠する魔法の技なり。
此れの館にて進行するは、活きたる肉体を操りて自然の理を否む実験の数々。彼の学士達、己が魂を売り渡し、理の禁を破ることをせし者なり。人智を超えたる力の源を追い求むる余り、彼らの目は既に狂熱の炎に溶け、常人の理を見失いし。
さて、ある夜の事なりけり、一人の実験助手、名を清秋といふ者、渡りし廊下に異形の気配を感ずることいと怪し。彼の者、慎み深き性格にて、他の狂気の徒らの理から身を逸らすことを常とせり。されど、その夜ばかりは何故か「声」を耳にし、己が好奇心のままに声の元へと歩み行きたり。
闇の中、声に従ひ廊下を進むに、其処にあるは巨大なる鉄扉なり。扉には封印の如き紋様が刻まれ、その中心に古き文字の如き記されぬ。清秋、覚悟を決め扉を開くと、其処には在りたけるは人体実験の痕跡と秘せし部屋の数々。並ぶニガタリ、所狭く積まれし書物の山、更には錬金術の器具を思はせるる機械の数々あり。
件の声、一層響きを増し、彼を導きしは最奥の部屋にあらむと導く。此処に在るは古き時代より遺されしと謂わる書物の山なり。書物の中、清秋が目を止むるは一冊の異文、読解不可能な文字に彩られし呪文書にして、さながら生物を生み出さんとする秘術の案内書なり。
その書、一片めくるやいなや、清秋の身に異変が起こる。手長、脚伸び、姿勢異様に変わりたる。其の眼、まるで異界の住人が如く輝き、己が何者なるかを見失いけり。彼は気づく、此処は既に人界を離れ、不可思議の界隈に立ちたると。
室に漂う薬臭き空気は混沌としたる霧を成し、清秋の身体を絡めとりて、彼を異界へと引きずり込まむとする。彼の意識、虚ろにさすらひ、どこへと向かひ、何を成すべきかを見失ひたり。一瞬が永遠の如く感じられ、時間そのものが彼の精神を蝕む。
ある時、彼は部屋の一角に佇む者達の影を見る。それらはかつての同胞、己の人格を駆逐されし蘇りし屍なり。清秋の声、空虚なる空間に響くも、誰にも届かぬ。彼の身体、改造され畸形の姿にて立ち続けし者ら、彼に語りかける如く唸り声をあげる。
呪文書の頁捲る度、彼の身体はますます異形を極め、足の数、気味悪く増し、腕は信じ難きほど長く伸びゆく。意識は遠のき、魂は外部へと引き伸ばされ、かつての己が記憶や感情も遥か彼方。何者故、彼が此処に到りしや忘れぬ。
これら変化は、徐々に心の侵略をも進め、理性や倫理の原理を崩壊せしむ。身体内部の組織、狂った様に活動し、臓器すら意志を持つる様子。音無き叫びが体内に響き、清秋を日常の意識から引き離してゆく。
斯くして、清秋の体は限界を迎え、彼の精神は別次元へと投げ出される。全しき者が目の前の情景で毫も反応せず、彼方において更なる変貌が始まりたる。彼の知覚、虚無と見えざる劇場に移り、絶え間無き舞台の一部と化す事あらましや。
現世に戻れぬ身となりたる彼、狂気と異形の狭間にて踊る。その行為、かの研究所に住まえる者共に伝わりし呪いとなりて、次なる犠牲者を迎え入れんとする。かくの如き悲哀、終わること無く反響を残し、無知の学士たちの上に降りかかりぬ。
これが科学の領域超えし罪の物語なり。倫理と理知、封じられし禁忌を破りたる代償は、永久なる苦悩と共に、永々たり。斯くして、浄化不可能なる世界は続き行かむ事あらども、誰が解決を見る事か。
彼の館はいづち行かむ、黄泉の淵より這い出る者よ。闇から生まれ出でたる、古代禁術の呪詛が未来より到来し、時を超えてなお、その呪詛残し続けむ。忌まわしき者らは常に招き入れられ、この世ならざる場に恐れ振るむ。知恵を超えた力が人間の欲望に従う時、何しに至らむや。
是より先は、歴史に記さるべき物語に非ず、人の領域を越えし鬼哭の声、誰が止めむ。そして、繰り返さん定めの輪が、新たなる者を待ち、来たりし。恐怖の物語は、執拗に永遠となり、未来へと後世に渡らむ。如何せん、不可説、不渝なり。