異次元体験者の衝撃告白

異次元

私はフリーランスの記者だ。今日は、ある奇妙な体験を語ってくれるという人物と会うために喫茶店に来ている。彼の名は田中雅人。年齢は30歳で、普通の会社員だという。彼の語りは衝撃的で、そして不可解で、聴き終わった私は幾晩も呪われたかのような悪夢に魘されることになった。

――あの体験を話すのは少し気が引けますが、誰かに聞いてもらったほうがいいと思ったんです。そうでないと、私の頭がおかしくなりそうで。

そう語りはじめた田中氏は、カフェオレを一口飲んでから、少し遠い目をした。

――実は私、以前は夜遅くまでオフィスに残業していたんです。仕事を終えたのが夜中の2時過ぎだったことなんて、一度や二度じゃありません。あの晩もその一つでした。普段ならタクシーを使うところだったんですが、どういうわけか歩きたくなったんです。しばらく歩いていると、いつもの通り道のはずが、その夜は少し違って見えたんです。

田中氏は言葉を選んでいるようだった。強烈な記憶が頭をよぎったのかもしれない。

――街灯の光が、なんというか、ぼんやりとしていました。そしていつもの道と感じていた通りが、急に見覚えのない場所になっていたんです。空は晴れていたのに、道の先は霧がかったようにぼやけている。普通なら怖がって引き返すべきだったのでしょうが、なぜか私はその道を進み続けました。

彼の声が少し震えているのがわかった。恐怖の一端が彼の言葉から溢れ出していた。

――しばらくすると、気づけば周りの家々は全て無くなって、広大な荒野が広がっていました。もう後戻りできないと悟ったとき、私は一種の覚悟を決めました。その時、耳元でかすかな囁き声が聞こえたんです。言葉にならない何か。それでも、確かに“こちらへ”という意味を含んでいるように感じられ、足取りは自然と速くなっていました。

田中氏はその瞬間、何かを理解したかのように一瞬息を呑んだ。

――どれくらい歩いたか覚えていませんが、やがて巨大な建造物の廃墟が見えてきました。それは現実とは思えない異様な形をしていて、秩序の欠片もないような構造でした。すべてが歪んでいるのに、その歪みが一種の調和を持っている。何もかもが矛盾しているのに、それがあたかも理にかなっているようでした。

驚愕と恐怖の両方が、田中氏の表現に詰まっていた。語りは苛烈を増して静かになり、語り手は続けた。

――中へ入る気が失せるかと思いきや、むしろ吸い寄せられるように足が勝手に動きました。廃墟の中は冷たい空気に満ち、何もないはずの場所で何かの視線を感じるんです。何か理解を超えた存在が、そこにいると強く感じました。それは形を持たないのに、存在感が圧倒的で、時間の感覚すら狂うような体験です。

ここで田中氏は一旦話を止め、恐怖と驚異をかみしめるように深く息をついた。

――その存在、もしも“存在”と呼んでいいのならば、それと目が合った気がしました。人のようで、人ではなく、無限の空虚がギラギラと私を見下ろしているようでした。そして気づくと、私の意識は自身の体から離れ、無限の空間に浮かんでいるような感覚に襲われました。私の意識は彼方へと拡がり、同時にとてつもなく小さく感じられました。

彼は続ける。

――その瞬間、言葉にならない問いが心に湧き出しました。その場から逃げ出すことも、後に引き返すこともできない無力さ。それと同時に、これまで経験したどんな感情よりも深い恐怖。それは存在そのものを理解しようとする試みを拒絶しました。圧倒的な虚無に飲みこまれ、自分が何者であるかすらも失いかけたんです。

田中氏は手を強く握りしめ、恐怖で震える声で締めくくった。

――どれだけの時間が過ぎたのかも分からないまま、気が付けば元の街に戻っていました。ただまぎれもない違和感が残りました。現実がどこかにずれてしまったような。あの建造物とその存在は今でも私の夢に現れます。そして、その夢はどんどん現実に侵食しているような気がしてなりません。

彼は深く息をつき、もう一度カフェオレに口をつけた。

この経験談を聞いた私は、その真偽を別として、言葉にできない得体の知れない何かを感じた。そして恐怖とともに、理解を超えた異次元の存在が、確かに日常の隙間に潜んでいる可能性があることを否定できなかったのだ。

こうしてインタビューは終わったが、田中氏が去った後も、あのときカフェで彼が語った内容は私の心に暗い影を落とし続けている。彼の話が事実であるにせよ作り話であるにせよ、何らかの形で人の意識を拡張し、思考の枠を超える存在、その不確かさの中に恐怖の本質があるのかもしれない。私自身もそのことを忘れないようにしようと思った。

この会話の後、私は何度も道を歩きながら、何かが視界の隅にでも現れるのではないかと、恐怖と好奇心が交錯したまま過ごすことになった。一度知ってしまったこの感覚からは、もう逃れられないのかもしれない。

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